詩篇101篇
ダビデが王様になった時、「きよく正しくありたい」と思って歌った歌です。
誰も見ていない自分の心の中も、自分の家庭の中も、そして国レベルでも悪がないように、と願う歌です。
外から見えない心や家庭の中こそ正しくありたい、と願っていることがわかります。
神様の助けを求める歌です。
(1-3節)
恵みとさばきを私は歌います。主よあなたにほめ歌を歌います。
私は全き道に心を留めます。いつあなたは私のところに来てくださいますか。私は家の中を全き心で行き来します。
私は目の前に卑しいことを置きません。私は曲がったわざを憎みそれが私にまといつくことはありません。
曲がった心は私から遠ざかります。私は悪を知ろうともしません。
高ぶって他人を陰でバカにすることがあります。家庭の中にこそ本性が出ます。それでいて外では上手くやっていることをダビデは「欺き」「偽り」と言っています。
(5-7節)
陰で自分の隣人をそしる者を私は滅ぼします。高ぶる目とおごる心に耐えることはできません。
私の目はこの国の忠実な人たちに注がれます。彼らが私とともに住むために。全き道を歩む者その人は私に仕えます。
欺きを行う者は私の家の中に住むことはなく偽りを語る者は私の目の前に堅く立つことはありません。
イエス様も、まず心の内側をきよくするようにとおっしゃいます。
"目の見えないパリサイ人。まず、杯の内側をきよめよ。そうすれば外側もきよくなる。
わざわいだ、偽善の律法学者、パリサイ人。おまえたちは白く塗った墓のようなものだ。外側は美しく見えても、内側は死人の骨やあらゆる汚れでいっぱいだ。
同じように、おまえたちも外側は人に正しく見えても、内側は偽善と不法でいっぱいだ。"
マタイの福音書 23章26~28節
内側の高ぶりや悪い思いは生ごみのように毎日出てきます。そして家庭を、そして国を汚します。だからダビデは毎朝、「ことごとく滅ぼし」「ことごとく断ち切ります。」と歌い、祈ります。
"朝ごとに私は国の中の悪しき者をことごとく滅ぼし主の都から不法を行う者をことごとく断ち切ります。"
詩篇 101篇8節
僕らも告白して捨てましょう。自分の中に高ぶりがあり、他人を見下す悪い思いがあることを認めましょう。高ぶりはまず自分の中から始まります。次に口から悪い言葉が出ます。そして家庭が汚染され壊れていきます。みんな癒しと回復が必要です。そのためには毎日の告白が必要です。「自分は大丈夫」「自分は悪くない」という人がいるならすでにウソつきだと聖書は言います。
"もし自分には罪がないと言うなら、私たちは自分自身を欺いており、私たちのうちに真理はありません。
もし私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださいます。"
ヨハネの手紙 第一 1章8~9節
自分の心を見てみましょう。「( )さんを見下し、バカにしています。( )さんを愛し尊敬するのをやめています。」と今日も認めましょう。告白しましょう。そして、「全き心をください。新しくしてください」と求めましょう。告白し、罪を捨て、神様を求める祈りをするなら、神様はその罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださいます。朝ごとに捨てましょう。朝ごとに断ち切りましょう。
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