使徒パウロは昔「神を冒瀆する者、迫害する者、暴力をふるう者」
(1-2)
私たちの救い主である神と、私たちの望みであるキリスト・
信仰による、真のわが子テモテへ。
若いテモテはエペソの教会の牧師でした。ところが、
(3-5)
あなたはエペソにとどまり、ある人たちが違った教えを説いたり、
イエス様が与えてくださった福音は、
(8-11)
私たちは知っています。律法は、
パウロも同じように罪深い人でした。彼は「
使徒パウロは昔「神を冒瀆する者、迫害する者、暴力をふるう者」
(1-2)
私たちの救い主である神と、私たちの望みであるキリスト・
信仰による、真のわが子テモテへ。
若いテモテはエペソの教会の牧師でした。ところが、
(3-5)
あなたはエペソにとどまり、ある人たちが違った教えを説いたり、
イエス様が与えてくださった福音は、
(8-11)
私たちは知っています。律法は、
パウロも同じように罪深い人でした。彼は「
神様の怒りに触れて滅ぼされてもおかしくない罪人が、
(15-16)
「キリスト・イエスは罪人を救うために世に来られた」
健全な信仰とは、
(18)
私の子テモテよ。以前あなたについてなされた預言にしたがって、
神様のこの上のない寛容は今日も注がれています。
(17)
どうか、世々の王、すなわち、朽ちることなく、
この恵みと憐れみに僕らが自分の手柄や自慢をくっつけませんよう
今日も神様の忍耐に感謝する日でありますように。ハレルヤ!
男性の方が女性よりも議論好きが多く、勝ちたい人が多く、
(8)
そういうわけで、私はこう願っています。
イラっと来る場面はいくらでもあります。
(1-2)
そこで、私は何よりもまず勧めます。すべての人のために、
祈りは僕らをいつも敬虔さ、品位、
イラつく時は祈る時です。
看板を高く表示するためには支える柱と土台が必要なように、
(15)
神の家とは、真理の柱と土台である、生ける神の教会のことです。
土台や柱がぐちゃぐちゃだと、看板を掲げることができません。「
(2-5)
ですから監督は、非難されるところがなく、一人の妻の夫であり、
酒飲みでなく、乱暴でなく、柔和で、争わず、金銭に無欲で、
自分の家庭をよく治め、
自分自身の家庭を治めることを知らない人が、
僕ら教会の一人一人が今日も真理のみことばを掲げ表示しますよう
必要以上に儲けようとしなくても大丈夫です。
お金を求める人も地位を求める人にも共通して欠乏感があります。
(4-5)
その人は高慢になっていて、何一つ理解しておらず、
神様はいつでも私たちに必要を与えてくださる方です。
(6-8)
しかし、満ち足りる心を伴う敬虔こそが、
私たちは、何もこの世に持って来なかったし、また、
もともと生まれた時からお金を持っていた人はいないし、
衣食があれば十分です。日本人ならほとんどの人は服があります。
(9-10)
金持ちになりたがる人たちは、誘惑と罠と、
金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。
全てを満たしてくださる神様を求めることが正解です。
(箴言 30:8-9)
貧しさも富も私に与えず、ただ、
イエス様は「受けるよりも与える方が幸いです」
(17-19)
今の世で富んでいる人たちに命じなさい。高慢にならず、
与えられているお金や時間や力を神様や人に与えて貧しくなる人は
今日も楽しみましょう。与えましょう。ハレルヤ!