2026年8月12日水曜日

JECA高校生サマーキャンプメッセージ③ エペソ2.6 思ってたのと違いすぎる!

 僕らのビフォーアフター

そして、すごい身分 ③


エペソ2:6

思ってたのと違いすぎる!


「あの人は今」っていうテレビ番組、結構見ちゃいます。

10代の時にスターだったアイドルが、60歳になった今、どうしてるか、あんなにモテまくって輝いていたアイドルが、引退してからギリギリの生活をしている、とか、生活が乱れてしまって、お酒とか何かに依存してしまって、とか。

若い頃に「みんなからモテる」とか、「かっこいい」とか、「美しい」とか、「かわいい」とか、そういうものは消えていきます。


でも、消えないものってあります。

神様との関係は、日々新しくされていって、内側は日々若々しくなっていきます。


僕小学校の時、「俺は絶対20歳になんないな」と思ってた。20歳はおじさんに見えた。

でもちゃんと二十歳になりました。

二十代の時は「50にはならないだろう。」と思ってたけど、ちゃんとなりました。

ちゃんと老眼になります。ちゃんと近くのものが見えなくなります。

ちゃんと白髪になります。白髪染めしてるけど。


これ、皆さんの将来の話をしてますからね。

この世の若さ、この世の美しさ、この世のお金、この世の楽しいことも、消えていきます。だけど、神様との関係は、新しく新しくされるだけじゃなくて、もっともっと素晴らしくなっていきます。霊的には新しく、若々しくされていきます。


今日は皆さん一度死ぬ体験をしてもらいます。


【死んでいくことのシミュレーション】


①あなたにとって目にみえる大切なものを3つ書いてください。

(                 )

②あなたにとって大切な活動を3つ書いてください。

(                 )

③あなたにとって大切な人を3人書いてください。

(                 )

④あなたにとって目に見えない大切なものを3つ書いてください。

(                 )


さて、あなたはある日病気になりました。担当医から「今までの生活と同じ生活はできません」と言われました。上記のうち、3つのことをあきらめなくてはなりません。あなたはどれをあきらめますか?3つ選んで消してください。

さて、月日が流れ、さらに病は悪化し、あと3つをあきらめなくてはなりません。あなたはどれを手放しますか?3つ選んで消してください。

さらに病は進み、さらに3つの事とお別れしなくてはなりません。あなたはどれとお別れしますか?3つ選んで消してください。

今日が人生最後の日となるかもしれません。あなたはさらに2つのこととお別れしなければなりません。2つ選んで消してください。

いよいよお別れです。最後の一つを消してください。


僕らは死を迎えます。その時に「自分の労苦によって得たものを、何一つ手に携えて行くことができない。」と聖書は言います。(伝道者の書5章15節)


でも、失われないものがあります。

いや、神様の子どもは、何もなくならないどころか、いやもっとすごいもの、想像以上のものを手にしている、って話です。


僕らのお手本はイエス様です。

イエス様も、一度、全部失いました。


愛する弟子たちは逃げていきました。大工さんとしてのスキルも失いました。

人間としての尊厳も何もかも失いました。唾をかけられました。

笑われました。ほとんどリンチです。

死ぬほど鞭で打たれました。裸にされ、皮膚は裂かれ、いばらの冠をかぶせられ、棒で叩かれ、笑われながら、十字架につけられました。十字架につけられた後も笑われてました。

「キリストなら降りてこい。神の子なら降りてこい」笑われながら死にました。


みんなが手放したようなものを、イエス様はもっとヒドい形で手放しました。悲惨な手放し方、奪われ方です。


けれども、イエス様はそれで終わりではありませんでした。イエス様は僕らのお手本だし、僕らがどうなるか、を先に教えてくれています。


復活して、今、生きています。失ったけど、今すべてを持っています。すべての栄光を権力を富を持っています。イエス様は命も愛も力も美しさもすべての良いものを持っています。

今、富と力と権力と誉れを持っています。これが僕らのお手本です。

イエス様だけが最高、だけでは終わらないです。

僕らも同じようになります。


「背きの中に死んでいた私たちを、キリストとともに生かしてくださいました。あなたがたが救われたのは恵みによるのです。
神はまた、キリスト・イエスにあって、
私たちをともによみがえらせ、ともに天上に座らせてくださいました。

エペソ人への手紙 2章5~6節


何度も「一緒に、一緒に」って書いてます。「ともに」「ともに」です。

僕らもこの世ではそんなに認められないかもしれない。

一時期認められたとしても、それは消えていきます。


けれども、僕らは「ともに天上に座らせてくださいました。」とあります。僕らはイエス様と一緒に天上で座についています。座って、総理の座とか、大臣の座とか、社長の座って言いますよね。

僕らがついているのは「神の子としての座」です。高市さんよりすごい座についています。世界の王の王、支配者、すべての権威と栄光を持っている神の子の座です。

天上の座に、「キリストと一緒に」つきました。

もう確定。もう、ついています。


まだ地上においては途中だから、悲しいことがあったり、苦しいことがあったり、病気になったり、しんどかったりします。でも、もう天上の座についています。

すでに神様と一緒に天上で栄光の座についています。

すごい権力を持ってますよ。


皆さん、ピンと来ないかもしれないです。僕が神様の子どもで、僕がすべての栄光と権威を持ってる?

よく分からん、と思うでしょう。

神様から子どもとされたっていうのは、栄光を受け継ぐことです。

神様から与えられる祝福とか、愛とか、財産とか、神様からの良いものは消えません。


「子どもであるなら、相続人でもあります。私たちはキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているのですから、神の相続人であり、キリストとともに共同相続人なのです。」

ローマ人への手紙 8章17節


「相続」って親のものが僕のものになる、ってことです。

親が亡くなった人いますか?親の貯金はあなたのものになります。兄弟がいたら分けることになります。


ウチの義理の両親も去年二人とも亡くなりました。貯金があったので、それを兄弟で分けましたね。

親の貯金の一部が僕のものになるのが「相続」です。

さて、皆さんは神様の子どもになりました。神様のものを相続します。じゃ、神様の貯金、いくらですか?神様のお金、無限です。


お金だけでなく、お父さんが社長だったら経営を相続することもあります。

社長としての権利、社長としての肩書や立場、全部、息子が受け継ぐってこともあります。

これも相続です。


皆さんのお父さん、神様です。神様の会社、どのぐらい大きいですか?

神様の会社、無限ですよ。

この世を支配し、歴史を支配し、すべてを支配している王、経営者。

それが皆さんのお父さん。


その経営権を、皆さんも一緒に受け継ぐんです。これが相続人です。

そもそも、人間が造られた時に、神様は神様と一緒にこの世界を経営しようとしてパートナーと決めていました。「この世界を支配せよ」と、この経営権を最初から人間に持たせてます。


創世記1章26節

神は仰せられた。「さあ、人をわれわれのかたちとして、われわれの似姿に造ろう。こうして彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地の上を這うすべてのものを支配するようにしよう。」


最初から神様の子ども、神様に似て、神様の能力も受け継いで、この世界をお世話し、愛する神様のパートナーです。


ところが、人間は神様から離れて、その栄光も支配権も、全部失ってしまいました。

でも、もう一回回復します。

イエス様を信じた人は神様の子どもです。神様の子どもになった人はもう一回、その栄光も相続権も、全部もらいます。


これが、キリストと一緒に天の座につくということです。すごい身分です。


エペソ2.6

神はまた、キリスト・イエスにあって、私たちをともによみがえらせ、ともに天上に座らせてくださいました。


みんなのお父さん誰ですか?「うちのお父さん、神!」です。

そして、お父さんがお金持ちだったら、子どももお金持ちです。

お父さんが天才だったら、やっぱり子どももそれを受け継いじゃって天才です。お父さん、神様です。


皆さん、すごい立場、肩書き、能力、祝福を受け継いでいます。

地上で手に入れたものが、全部なくなっても、ものすごい立場が与えられています。それは絶対になくなりません。


今は、王国の後継者として育てられている期間です。

経営者も、いきなり経営できるのではなく、選ばれた人が訓練を受けて、だんだん神様の姿に似せられて変えられています。


皆さんは神様に選ばれた王子や王女です。でもいきなり王にはなりません。でも、もう選ばれています。

一生かけてだんだん王子、王女にふさわしくなっていきます。

何かができたら合格ではなくて、悪魔の言いなりだったのに、死んでいたのに、救われて、赦されて、選ばれて、生かされました。それだけじゃなく、神様の子として、相続人として、天の座に着く人にないました。


【絵本】
『そのままの君が好き』


皆さん、王様の子どもです。隣の人の顔、見てください。

ただの人じゃないです。王様の子どもです。神様の子どもであり、神様の栄光を受け継ぐものであり、すべての権力を持っている人です。

今はそう見えないけど、でも、やがてそうなります。


だから、クリスチャンを馬鹿にする人は、ケガします。バックが強すぎるし、その人将来の権力者だからです。相続人をバカにすることは、神様ご自身をバカにすることです。

自分をバカにする人は、神様の宝物をバカにすること。


神様の子どもたちは、宝物、宝の民です。

最近、自分のことを「クズだ」とか、「自分のこと嫌い」とか言う人、多いけど、とんでもないスゴい人です。ちょっと言ってみてください。


「私は神様の息子です。」

「私は神様の娘です。」

「私は尊い。私はすべての栄光を持つ尊いものです。」

「私を悪く言うものは、神様が赦しません。」

これ、本当ですよ。

次期社長以上のすごい人です。

イエス様と一緒に、すべての栄光をもつ、この世界の支配者として、ともに王座についているとはっきり書いてある。何箇所も書いてあります。ほんの一例です


クリスチャンは「王である祭司」(1ペテロ2:9)と呼ばれています。

今は苦しみがあるけど、「耐え忍んでいるなら、キリストとともに王となる」(2テモテ2:12)と約束され、

黙示録では、「キリストとともに、千年の間王となった」とあります。(黙示録20:4)


みんな、すごい人です!


【祈り】


神様、わたしは神様の子どもだと信じます。

わたしはイエス様と一緒に栄光の座に着くと信じます。

わたしを攻撃する人は神様が赦さないことを信じます。

この人生を、神様の王子、王女として相応しく訓練し、用いてください。

わたしは栄光の座に着きます。

感謝します。

JECA高校生サマーキャンプメッセージ② エペソ2.4-5 その大きな愛のゆえに

 僕らのビフォーアフター

そして、すごい身分 ②


エペソ2.4-5

その大きな愛のゆえに


⚫︎文脈の大切さ


聖書を読む時、すごい大事なのは文脈(話の流れ)です。これ日常会話もそう。


彼ってどんな人 うん、いい人だよ

彼って仕事できる人? うん、…いい人だよ


あの先輩歌うますぎる。マジやばい。

あの先輩切れまくって、昨日警察呼ばれた。マジやばい


同じことばでも全然意味が変わります。

「いい人」もいろいろあるし、「マジやばい。」も文脈によって意味が変わってきます。


聖書も同じで、その言葉だけ切り取ったら意味わかんなくなる時があるし、意味がわかるところであっても、話の流れを考えるともっとはっきりとその意味とか雰囲気がわかるようになります。


例えば、ユダが首をつったって聖書の箇所だけ切り取って「首をつった」って書いてあるから自殺もオッケーじゃんて言うのはおかしな解釈。


詩篇14:1「神はいない。」


ここだけ切り取って「聖書に神はいないって書いてあるよ」ってのもおかしいです。

前後読んだら全然違う話です。


詩篇14:1

愚か者は心の中で「神はいない」と言う。彼らは腐っていて忌まわしいことを行う。


文脈大事ですって話。今日読む箇所も昨日の話の流れで読むとよくわかります。


"しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、

背きの中に死んでいた私たちを、キリストとともに生かしてくださいました。あなたがたが救われたのは恵みによるのです。"

エペソ人への手紙 2章4~5節


昨日の話の流れの復習です。

僕らは神様と切れていて、死んでいました。

しかも悪魔にコントロールされていました。それであらゆる欲望に従って、悪魔の言いなりになって動いていたって話です。で、今日の箇所。


「しかし、あわれみ豊かな神」

神様のあわれみってそんな罪人を愛するってことです。


自分ではどうしようもなくなって、自分の欲望に勝てなくなってしまった人。悪魔の言いなりなった人。そんな僕らのことを愛してるっていうのが大きな神様の「あわれみ」です。


「私たちを愛してくださったその大きな愛」も同じ。

クズみたいな生活をしてても、愛してくれました。自分で動けなくても、従えなくても、それでも見捨てることがありませんでした。これが神様の大きな愛です。


「あなたがたが救われたのは恵みによるのです。」

どうしようもなく制御不能になってしまった人を見捨てないでくれている、愛してくれるっていうのが「恵み」です。


⚫︎絵本

命のための命


兄のセバスチャンはイエス様を表しています。

弟ルイスのために命を、身代わりに差し出すほどの愛です。

この弟、酒飲みで、自分の感情をコントロールできなくて、人殺しまでしてしまう弟ルイスの姿は、僕らの姿です。昨日読んだ通りです。


3節

自分の肉の欲のままに生き、肉と心の望むことを行い、ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子らでした。


「ルイスの姿は僕らの姿です。」って言ったら「ん?ちょっと待って」って思いません?

あんなに僕、酒飲みじゃないし、そんなにキレてないし、モノ壊さないし、人殺ししたことないし、って。どう思いますか?ルイスと僕らは同じっすか?あんなにクズではないと思いませんか?

イエス様に聞いてみましょう。


"しかし、わたしはあなたがたに言います。兄弟に対して怒る者は、だれでもさばきを受けなければなりません。兄弟に『ばか者』と言う者は最高法院でさばかれます。『愚か者』と言う者は火の燃えるゲヘナに投げ込まれます。"

マタイの福音書 5章22節


"兄弟を憎む者はみな、人殺しです。あなたがたが知っているように、だれでも人を殺す者に、永遠のいのちがとどまることはありません。"

ヨハネの手紙 第一 3章15節


殺してないけど、心の中で見下して、バカにして、憎んでいる人は、もう、人殺しと同じ、と神様がおっしゃいます。そして神様の裁きはあります。


神様から見ると、僕らもルイスと同じ罪人です。

他人のことを憎んだり、バカにしたりする人もいるけど、

自分のことを嫌い、自分をバカにする人もいます。

自殺はしてないけど、自分を殺して、自分を傷つけているのは神様から見ると同じ罪です。


昨日の絵本は「ころべばいいのに」思い出してください。


嫌いな人がいて、転べばいいのに。って話でした。

みんな自分のことはどうですか?好きですか?嫌いですか?

自分なんて転べばいいのに、自分なんて死ねばいいのに。

心の中で思っているだけ、かもしれないけど、神様にとって悲しみと怒りをもたらす罪です。

殺人はしてないかもしれないけど、心の中でも殺人をしています。


でも、今日の話はそれでも愛されている、救われる、生かされる、って話です。大丈夫です。


"しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、

背きの中に死んでいた私たちを、キリストとともに生かしてくださいました。あなたがたが救われたのは恵みによるのです。"

エペソ人への手紙 2章4~5節


憎しみやバカにすることだけでなく、性的な罪も同じです。

イエス様はおっしゃいました。


"しかし、わたしはあなたがたに言います。情欲を抱いて女を見る者はだれでも、心の中ですでに姦淫を犯したのです。"

マタイの福音書 5章28節


実行犯じゃなくても、実際にやってなくても、妻じゃない人の裸を妄想して興奮してるなら、それは神様から見たら実際にやってるのと同じ罪です。


昨日も言いましたけどセックスってきよい神様のプレゼントです。良いものです。素晴らしいものです。

性欲って神様が人間に与えた美しくて良いことなんですよ。

男と女が愛し合う。そして心だけじゃなくて体も1つになってくって言うものすごいプレゼント。


僕らは神様に似せて作られました。どこが似てるの?って思いますよね。

すごく似てるところは愛し合う性格、一つになる性格です。


父なる神様と子であるイエス様は一つ。神様と聖霊様は一つ。

神様、イエス様、聖霊が一人の神様です。

そして人間を作った時、おっしゃいました。


創世記1章26-27節

神は仰せられた。

さあ、人をわれわれのかたちとして、われわれの似姿に造ろう。(…中略…)

神のかたちとして人を創造し、男と女に彼らを創造された。


男がいて、女がいて1つになります。霊的にも心も体の1つになります。これは神様に似てるところです。性的な体の関係っていうのはすごく大事な神秘的な美しいことです。


この素晴らしい神様のプレゼントを妻じゃない人に使うとか、僕が妻以外の女性をエロい目で見て誘惑して一緒に寝てっていうのは妻への裏切りであり、神への裏切りです。

「いやそんなことしてません」と皆さん言うかもしれないけど、神様はそのような思いを持って心の中で妄想してるならそれはもうやってるのと同じ、とおっしゃいます。


“しかし、わたしはあなたがたに言います。情欲を抱いて女を見る者はだれでも、心の中ですでに姦淫を犯したのです。"

マタイの福音書 5章28節


若いみんなにはめちゃくちゃ大事なことなので今から祈って判断して欲しいと思います。

Aさんと付き合って体の関係になって別れて、次Bさん、とそうなって、次Cさんとそうなって、それは本当の祝福ではないし、罪です。神様の怒りを受けるべき罪です。


それでも、回復はあります。


"しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、

背きの中に死んでいた私たちを、キリストとともに生かしてくださいました。あなたがたが救われたのは恵みによるのです。"

エペソ人への手紙 2章4~5節


セックスの大切さ、学校も親もあんまりはっきりと教えてくれないと思います。牧師も教えてくれる牧師少ないかも、です。

ちょっと脱線するけど、大事なことなので続けますね。

実は、聖書はめっちゃセックスを喜び楽しめって言ってます。


"あなたの泉を祝福されたものとし、あなたの若いときからの妻と喜び楽しめ。

愛らしい雌鹿、麗しいかもしか。彼女の乳房がいつもあなたを潤すように。あなたはいつも彼女の愛に酔うがよい。

わが子よ。どうしてよその女に夢中になり、見知らぬ女の胸を抱くのか。"

箴言 5章18~20節


水が貴重なイスラエルでは、泉ってのは命をもたらすもの。「いのちのもと」「祝福のもと」って意味です。そしてこれも文脈から性行為のこと、男女の体の交わりを「泉」って言ってることがわかります。

妻の体で潤され、楽しみ、そして命を生み出しなさい、というみことばです。「彼女の乳房がいつもあなたを潤すように」「彼女の愛に酔うがよい。」です。


そしてやっぱり最後は警告です。「どうしてよその女に夢中になり、見知らぬ女の胸を抱くのか。」


僕らには罪があります。僕らみんな神様が怒りを受けるべき罪人です。

正しい人は1人もいない、って聖書は言います。

クリスチャンになってもなおその誘惑に勝てない僕らがいます。何回も失敗するのが僕らです。

僕もいまだに人に言えないことがたくさんあります。

それでも、神様の憐れみと愛は尽きることがありません。


"しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、

背きの中に死んでいた私たちを、キリストとともに生かしてくださいました。あなたがたが救われたのは恵みによるのです。"

エペソ人への手紙 2章4~5節


見放されてません。

神様の愛って温かい、ほんわかした「ラブ」ではなくて血を流して白目を剥いて犠牲になってくれる姿です。神様の怒りと呪いをイエス様が身代わりに命を差し出してくださる。そういう大きすぎる愛です。

それに応えたいから僕らは神様に従いたい、って思います。


女子の皆さん、その体は神様のもの。そしてその体は、その体を楽しみたいと思ってる夫のものです。

男子もそう。その体、性欲はほんとにそれを使って楽しみたいと思ってる、あなたの妻のものです。


失敗しますよ。誘惑もあります。

イエス様血だらけになって見捨てないって言ってくれてます。


100回失敗しても、赦されます。

500回失敗しても見捨てないって言ってくれてるます。


命を捨てるぐらいに愛してます。


祈り


私は(    )のような罪の中にいました。

今も(    )という弱さがあります。

でも、そんな私を愛して、私の代わりに十字架で命を捨ててくださいました。

イエス様、ありがとうございます。


大きすぎるイエス様の十字架の愛に感謝します。

神様の愛に応えて歩みたいです。


私の心も体もイエス様にささげます。

イエス様のお名前によって祈ります。

アーメン。