詩篇103篇
神様がよくしてくださったことはたくさんあります。
息ができること
歩けること
見えること
しゃべれること
昨日の夕食がおいしかったこと
自分と関わってくれる家族や仲間が与えられていること
天気が良いこと
寝れたこと
草花が綺麗なこと
…まだまだあります。全部が神様のめぐみです。数えるほどに感謝と喜びは増えていきます。めぐみを一つ一つ数えると機嫌が良くなります。
"わがたましいよ主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ聖なる御名をほめたたえよ。
わがたましいよ主をほめたたえよ。主が良くしてくださったことを何一つ忘れるな。"
詩篇 103篇1~2節
今までのめぐみを数えるだけでも素晴らしいけど、続きを読むともっと壮大なスゴいことが書かれています。
どんな人でも病気にもなるし、年を取るし、やがて死んでいきます。しかも罪や欠点がいつも付きまといます。それでも感謝できるし賛美できる理由を「これでもか」というほどに僕らに教えてくれてます。
神様は「咎を赦す」「病を癒す」「穴(お墓とか死)から贖う」「若返らせる」と言います。これはもう地上の人生の苦しみからの回復にとどまらない、病気や死を超えた永遠の祝福です
"主はあなたのすべての咎を赦しあなたのすべての病を癒やし
あなたのいのちを穴から贖われる。主はあなたに恵みとあわれみの冠をかぶらせ
あなたの一生を良いもので満ち足らせる。あなたの若さは鷲のように新しくなる。"
詩篇 103篇3~5節
「あなたの一生」とは限られた「地上の人生」ではなく、時間を超えた永遠のいのちも含んでいます。「全存在」とか「望み」とも訳されます。逆に、地上のいのちは草のようにはかなく消えていくものです。
"人その一生は草のよう。人は咲く。野の花のように。
風がそこを過ぎるとそれはもはやない。その場所さえもそれを知らない。"
詩篇 103篇15~16節
地上の人生は、草花のような弱さがあります。今日はキレイでも明日にはしおれてしまいます。(15節) でも、神様は僕らを鷲のように若く新しくしてくださいます。(5節)
地上の人生は風のように消えていきます。(16節)でも、神様は、僕らを死からの復活させて良いもので満たしてくださいます。(4節)
神様は僕らの罪を知りながら、それでも愛し、あわれみ、赦し、罪の報いではなく良いもので満たしてくださいます。
"主はあわれみ深く情け深い。怒るのに遅く恵み豊かである。
主はいつまでも争ってはおられない。とこしえに怒ってはおられない。
私たちの罪にしたがって私たちを扱うことをせず私たちの咎にしたがって私たちに報いをされることもない。
天が地上はるかに高いように御恵みは主を恐れる者の上に大きい。
東が西から遠く離れているように主は私たちの背きの罪を私たちから遠く離される。"
詩篇 103篇8~12節
僕らは「あれが悪かったから、こんな結果になってしまった」と、原因と結果をいつも結びつけたがるし、地上では実際その面はあります。
でも、それでも神様は「あなたの罪にしたがって、あなたを扱わない。」
「あなたの咎にしたがって、あなたに報いない。」とおっしゃいます。すごいことです。
まるで放蕩息子がお父さんに抱きしめられ最高の服を着せてもらい、冠をかぶせてもらい、喜ばれ、パーティーをしてもらうかのようです。
"父がその子をあわれむように主はご自分を恐れる者をあわれまれる。"
詩篇 103篇13節
僕らの考えをはるかに超えた神様です。赦しと愛に満ちた、力に満ちた王様です。
"主は天にご自分の王座を堅く立てその王国はすべてを統べ治める。
主をほめたたえよ主の御使いたちよ。みことばの声に聞き従いみことばを行う力ある勇士たちよ。
主をほめたたえよ主のすべての軍勢よ。主のみこころを行い主に仕える者たちよ。
主をほめたたえよすべて造られたものたちよ。主が治められるすべてのところで。わがたましいよ主をほめたたえよ。"
詩篇 103篇19~22節
今まで神様が良くしてくださったことは無限にあります。
今日もめぐみを与えてくださっています。
でも、これから与えられるめぐみはもっともっと大きく高くスゴいものばかりです。神様を信じる僕らの未来には希望しかありません。今日も賛美しましょう。「わがたましいよ主をほめたたえよ。」ハレルヤ!