使徒13.16-39
「人類の歴史」とは、神様から離れてワガママになってしまった人類を神様が見放さず、救い出してくださる歴史です。「History」は「His Story」=「神様の物語」とも言われます。聖書は見捨てない神様の愛と憐れみの歴史を僕らに教えてくれています。
神様から離れた人間は不自由になり苦しんでいます。互いに傷つけ合い、愛は冷え、自然界ともうまくいかなくなっています。どんなに健康で強い人でも行き先は墓場です。
神様はそんな人間を諦めていません。人類を滅亡させることもできますが、切り捨てることはせずに、救いの道を知らせ、全ての人がもう一度神様と一緒に生きる自由と喜びと平安に迎え入れようとしておられます。
パウロは、どこの町に行ってもこのストーリーを伝えます。
特に旧約聖書をよく知っているイスラエル人のためには、この救済計画を聖書に沿って話します。
神様は罪と滅びに向かっていく人類を救うために、まずアブラハムとその子孫であるイスラエル人たちを選び、「子孫を増やす。祝福する。祝福の土地を与える。」と約束されました。
その約束の通り、子孫たちは増え広がります。
それでも世界は罪と闇の影響の中で苦しみ続けました。イスラエル人たちはエジプトで400年間苦しめられ奴隷にされていました。その間に人口は増えていきます。
"そこでパウロが立ち上がり、手振りで静かにさせてから言った。「イスラエル人の皆さん、ならびに神を恐れる方々、聞いてください。
この民イスラエルの神は、私たちの父祖たちを選び、民がエジプトの地に滞在していた間にこれを強大にし、御腕を高く上げて、彼らをその地から導き出してくださいました。"
使徒の働き 13章16~17節
奴隷として縛られていたエジプトから神様が脱出させてくださったことは、将来、全人類が罪と闇から救出されることを先取りして見せてくださった見本のようです。
だのに、エジプトから救われてもなお、人間は自分勝手なままです。彼らは文句を言います。「エジプトに戻りたい。」「あっちの方が良かった。」「食べ物がない。」「水がない。」
不平不満ばかりのイスラエルを神様は愛し、忍耐し、導き続けてくださいました。
"そして約四十年の間、荒野で彼らを耐え忍ばれ、
カナンの地で七つの異邦の民を滅ぼした後、その地を彼らに相続財産として与えられました。"
使徒の働き 13章18~19節
神様はまるで、駄々をこねる小さい子どもを愛し続け、教え続ける忍耐深い親のようです。神様は約束通りに祝福の土地を与え、さらに彼らを導くリーダーを与え続けてくださいます。
"約四百五十年の間のことでした。その後、預言者サムエルの時まで、神はさばきつかさたちを与えられました。"
使徒の働き 13章20節
それでも彼らは勝手なことを言います。
「周りの国みたいになりたい。」「自分たちにも王様が欲しい。」とです。
それでも神様は愛することをやめません。彼らの願いの通りに王様を与えてくれました。
"それから彼らが王を求めたので、神は彼らにベニヤミン族の人、キシュの子サウルを四十年間与えられました。
そしてサウルを退けた後、神は彼らのために王としてダビデを立て、彼について証しして言われました。『わたしは、エッサイの子ダビデを見出した。彼はわたしの心にかなった者で、わたしが望むことをすべて成し遂げる。』"
使徒の働き 13章21~22節
神様の救いの約束は、どんなに人間が自分勝手でも取り消されることがありません。神様は「ダビデの子孫から永遠の王であり救い主であるキリストが生まれる」と預言され、その通りにイエス・キリストが来られました。
"神は約束にしたがって、このダビデの子孫から、イスラエルに救い主イエスを送ってくださいました。"
使徒の働き 13章23節
それでも人間は何も理解せずに勝手な判断をします。神様が送ってくださった救い主イエス・キリストを認めず、十字架にかけて殺します。
"エルサレムに住む人々とその指導者たちは、このイエスを認めず、また安息日ごとに読まれる預言者たちのことばを理解せず、イエスを罪に定めて、預言を成就させました。
そして、死に値する罪が何も見出せなかったのに、イエスを殺すことをピラトに求めたのです。
こうして、彼らはイエスについて書かれていることをすべて成し終えた後、イエスを木から降ろして、墓に納めました。"
使徒の働き 13章26~29節
聖書の歴史は人類の罪深さと、それでもあきらめない神様の歴史です。
今日も神様は僕らのこと諦めていません。
相変わらず自分勝手なことを続け、その結果、自分の首を絞めて苦しんでいます。
それでも神様は見捨てることがありません。
イエス様は来られました。殺されましたが復活し、今も生きておられる救い主です。
このイエス様を信じる人は新しくされます。罪に定められることがなく、解放され、神様と一緒に生きる自由と喜びと平安のいのちを得ます。それは永遠になくならない命です。
"ですから、兄弟たち、あなたがたに知っていただきたい。このイエスを通して罪の赦しが宣べ伝えられているのです。また、モーセの律法を通しては義と認められることができなかったすべてのことについて、
この方によって、信じる者はみな義と認められるのです。"
使徒の働き 13章38~39節
神様は僕らを義と認めてくださいます。それは、もう一度神様の子どもとして、神様の近くで自由と喜びの中を歩む新しい歩みです。
何百年も背き続ける人間を神様は見捨てることがありませんでした。神様の救いの約束は人間の罪深さによって取り消されることはありませんでした。
神様は滅びではなく、救いに招いてくださっています。聖書は僕らをあきらめていない神様のストーリーです。今日もこのストーリーは終わっていません。愛され、赦され、忍耐されています!