詩篇107篇
僕らは順調なときには神様を忘れがちだけど、苦しみや悲しみを通ることで自分と神様との関係を考えさせられます。苦しみや悲しみの原因が「自分が神様から離れていたこと」だと知らされることもあります。
一見すると辛い痛みや挫折を通ることも、実は神様からの恵みです。方向を変えて、もう一度神様を求める時に神様からの回復と恵みを体験します。だから感謝しようと聖書は言います。
"「主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。」
主に贖われた者はそう言え。主は彼らを敵の手から贖い
国々から彼らを集められた。東からも西からも北からも南からも。
彼らは荒野や荒れ地をさまよい人が住む町への道を見出せなかった。
飢えと渇きによって彼らのたましいは衰え果てた。
この苦しみのときに彼らが主に向かって叫ぶと主は彼らを苦悩から救い出された。
彼らをまっすぐな道に導き人が住む町へ向かわせた。
主に感謝せよ。その恵みのゆえに。人の子らへの奇しいみわざのゆえに。
まことに主は渇いたたましいを満ち足らせ飢えたたましいを良いもので満たされた。"
詩篇 107篇1~9節
僕らが神様から離れて、自分勝手な判断をしていることを聖書は「罪」と言います。そこに本当の命も喜びもありません。
"罪の報酬は死です。しかし神の賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。"
ローマ人への手紙 6章23節
神様から離れる時に僕らは何かで欲望を満足させようとしますが、欲望を満足させても魂の内側に安らぎはありません。解決のない闇と死に絶望した時の救いはただ1つ、方向を変えて神様の言葉に戻ることです。神様こそ僕らを愛し、喜び、満たしてくださる「本来の居場所」だからです。神様のところに戻ることがどんなに幸いかと聖書は言っています。
"闇と死の陰に座す者苦しみの鉄のかせに縛られている者
彼らは神のことばに逆らいいと高き方のさとしを退けた。
それで主は苦役によって彼らの心を低くされた。彼らはよろけたがだれも助けなかった。
この苦しみのときに彼らが主に向かって叫ぶと主は彼らを苦悩から救われた。
主は彼らを闇と死の陰から導き出し彼らのかせを打ち砕かれた。
主に感謝せよ。その恵みのゆえに。人の子らへの奇しいみわざのゆえに。
まことに主は青銅の扉を打ち砕き鉄のかんぬきをへし折られた。"
詩篇 107篇10~16節
イエス様は「貧しい者は幸い」「飢えている者は幸い」「泣いている者は幸い」とおっしゃいます。(マタイ5章、ルカ6章)自分の弱さや欠乏感を知っているからこそ僕らは神様を求め、癒され満たされる体験をします。
罪で苦しむのは嫌だけど、でも罪から逃れたくて神様の方へ戻るなら、神様の愛と恵みは溢れ出します。「罪の増し加わるところに、恵みも満ちあふれました。」とある通りです。(ローマ5.20)
僕ら人間はみんな神様から離れてさまよっていました。
そんな僕らを憐れみ、ご自分のところに戻してくださった神様です。自分の人生をよく見ると、神様が与えてよくしてくださった恵みに溢れています。
"主に感謝せよ。その恵みのゆえに。人の子らへの奇しいみわざのゆえに。
感謝のいけにえを献げ喜び叫びながら主のみわざを語れ。"
詩篇 107篇21~22節
"主に感謝せよ。その恵みのゆえに。人の子らへの奇しいみわざのゆえに。
民の集会で主をあがめ長老たちの座で主を賛美せよ。"
詩篇 107篇31~32節
この詩篇の最後にこうあります。
"知恵のある者はだれか。これらのことに心を留めよ。主の数々の恵みを見極めよ。"
詩篇 107篇43節
神様がしてくださった恵みを思い出し、それを心に留めて語ることが「知恵」です。
今日も神様を求めましょう。神様が与えてくださった愛とめぐみを数えましょう。そしてそれを口にして感謝しましょう。賛美し、喜び、語りましょう。ハレルヤ!