2026年7月1日水曜日

1歴代29.20-25

 1歴代29.20-25


クリスチャンになって何年たっても、「神様、こうしますからああしてください」とか「ささげますから、もっと増やしてください」とか、「献金したから守ってください、奉仕したから報いてください」など「神様を利用」する気持ちがつきまといます。


でも、それは本来の神様との関係ではありません。

神様は動かそうとする相手ではないし、取引する相手でもありません。

神様の大きさに圧倒される時、特にその十字架の姿に触れる時、僕らはただひれ伏して、神様に全てを差し出したくなります。

ダビデが息子ソロモンを王様に任命した時、すべての人は神様をほめたえ、神様にひれふして身をかがめてひれ伏しました。



"そして、ダビデは全会衆に「あなたがたの神、主をほめたたえよ」と言った。すると全会衆は、父祖の神、主をほめたたえ、主と王の前に身をかがめてひれ伏した。"

歴代誌 第一 29章20節



「ひれ伏すこと」は上下関係をはっきりさせます。自分を神様に明け渡す行為です。「ひれ伏す」は原語で「シャーハー」です。これは「礼拝する」も同じ「シャーハー」です。「礼拝」は、自分を低くして神様の前にひれ伏すことです。また「全焼のささげ物」とは煙や灰になるまで焼き尽くすことです。それは「何も残さず全て神様にささげます」という献身を表します。


ソロモンを王にした時、会衆は千匹の牛、千匹の羊、千匹の子羊をささげ焼き尽くしました。また、その他にも多くのいけにえを捧げました。見渡す限り何千もの動物が血を流して焼かれていくのはすごい光景です。これは神様の偉大さに圧倒されて国全体が全てを明け渡したことの表れです。「ささげたから何かください」みたいなものではありません。



"その翌日、彼らは主にいけにえを献げ、主に全焼のささげ物を献げた。雄牛千頭、雄羊千匹、子羊千匹、これらに添える注ぎのぶどう酒、また全イスラエルのための多くのいけにえを献げた。"

歴代誌 第一 29章21節



ひれ伏すとか、献身と聞くと、「痛々しいな…」「苦しそうだな…」と思う人もいますが、そこには喜びがあり、楽しみがあり、自由があります。



"その日、彼らは大いに喜んで、主の前で食べたり飲んだりし、改めてダビデの子ソロモンを王とし、主の前で油を注いで君主とした。また、ツァドクを祭司とした。

こうしてソロモンは主の王座に就き、父ダビデに代わって王となった。彼は栄え、全イスラエルは彼に聞き従った。

すべての首長たち、勇士たち、そしてダビデ王のすべての息子たちも、ソロモン王に忠誠を誓った。"

歴代誌 第一 29章22~24節



国民全てが神様にひれ伏してゆだねるとき、結果として神様にも王様にも喜んで忠誠を誓うことができました。それは国の繁栄にもつながりました。



"主はソロモンを全イスラエルの目の前に非常に大いなる者とし、彼より前にイスラエルを治めたどの王にも見られなかった王の威厳を、彼に与えられた。"

歴代誌 第一 29章25節



僕らはがんばって献身するものではありません。先に、すべてをささげ尽くして血を流して下さったイエス様を見上げます。あの十字架を見上げてその愛に圧倒される時、僕らはひれ伏して自分をささげたくなります。


すべてが神様のものです。時間も、お金も、力も神様のものです。ダビデが言う通りです。「このように自ら進んで献げる力を持っているとしても、(…中略…)すべてはあなたから出たのであり、私たちは御手から出たものをあなたに献げたにすぎません。」(14節)


僕らのものは1つもありません。全部が神様のものです。今日も「全てはあなたのものです」と告白してひれ伏しましょう。そこには自由があり喜びがあります。ハレルヤ!

2026年6月30日火曜日

1歴代29.6-19

 1歴代29.6-19


神様は献金がないと困る方ではありません。「わたしと、わたしの教会を支えるために献げてほしい」ということはありません。

むしろ逆です。「神様が」僕らに必要なお金をいつも与えてくださっています。僕らが持っているものは最初から全部神様のものです。


ダビデはとんでもない権力と財産を持つ王様になりましたが、それら全部が神様から預りものであることを知っていました、だから神様に感謝したくて、愛したくて、その愛をカタチにしようとしました。それが壮大な神殿建築計画です。ダビデもリーダーたちも「進んで」「喜んで」ささげました。ささげることは、神様への愛と喜びの表れです。富も、力も、時間も、才能も、命さえも、もともと神様から与えられたものです。



"ダビデは全会衆の前で主をほめたたえた。ダビデは言った。「私たちの父イスラエルの神、主よ。あなたがとこしえからとこしえまで、ほめたたえられますように。

主よ、偉大さ、力、輝き、栄光、威厳は、あなたのものです。天にあるものも地にあるものもすべて。主よ、王国もあなたのものです。あなたは、すべてのものの上に、かしらとしてあがめられるべき方です。

富と誉れは御前から出ます。あなたはすべてのものを支配しておられます。あなたの御手には勢いと力があり、あなたの御手によって、すべてのものが偉大にされ、力づけられるのです。

私たちの神よ。今、私たちはあなたに感謝し、あなたの栄えに満ちた御名をほめたたえます。"

歴代誌 第一 29章10~13節



僕らも同じです。僕らの時間も力も才能も財産も、「僕らの」というよりも「神様からの」預かりものです。



"このように自ら進んで献げる力を持っているとしても、私は何者なのでしょう、私の民は何者なのでしょう。すべてはあなたから出たのであり、私たちは御手から出たものをあなたに献げたにすぎません。"

歴代誌 第一 29章14節



僕らは預かっています。量は人によって違います。ある人には5タラント、ある人は2、ある人は1です。(マタイ25章)僕らは神様に喜ばれたくて、預かったものを工夫して使います。財産も力も時間も神様を愛して与えられた使命を忠実に果たすために預けられています。


よく「いくら神様に捧げたらいいの?」という悩ましい話を聞きますが、正しい考えはこちらです。


「全額神様から預かったものだけど、神様はこれをどうやって使ってほしいと思っておられるかな?」


神様はお金に全く困っていません。むしろ神様が僕らが管理できる金額をちょうどよく預けてくださっています。


シンガポールに研修に行った時、何千人も収容でいきる教会の会堂を3つも所有する教会の牧師の話を聞きました。その牧師は質問されるそうです。


「どうしてこんな大きなものをいくつも建築することができるのですか?スポンサーがいるのですか?」


先生の答えは以下のようなものでした。


「隣の席の人がお財布をくれて、その財布からいくらでも自由に献金していい、って言われたら、神様にどのくらいささげますか?」

「多くの人は、『隣の人がそう言うなら全額献金します』と答えます。同じように、皆さんが毎日使っている財布は、本当は神様から預かっているお財布です。神様がそれを自由に使っていいって言ってくれてます。」


僕らのお財布は全額神様ものです。ダビデは言います。「すべてはあなたから出たのであり、私たちは御手から出たものをあなたに献げたにすぎません。」(14)

お金も、時間も、力も、人生も全部、神様を愛し、人を愛するために神様が託してくださったものです。今日も喜んでお返ししましょう。ハレルヤ!

2026年6月29日月曜日

1歴代28.20-21

 1歴代28.20-21


人間は本来、神様との親密な交わりの中で生きるように作られています。そしてそれを表すように「人が一人でいるのは良くない」(創世記2章18節)とおっしゃいました。人間同士が交わり愛し合うのは神様の願いだし、本来の人間の姿です。神様の愛が兄弟姉妹を通して注がれる時には恐れは支配できなくなります。



罪を犯すと僕らは神様から隠れようとします。(創世3章8節)すると、なぜか隣人ともおかしくなるし、自分のことも嫌いになりがちです。罪の結果は、恐れ、孤独、不安と絶望感です。


神様は離れていった人をそのままにしません。もう一度人と交わりたい、と願ってくださいました。罪ある人々の真ん中に神様が住まわれるのが「主の宮」(神殿)です。神様がそれを願い、ダビデもそうを願いました。実際に建築したのはダビデの息子ソロモンです。神殿を建て上げる仕事も神様が一緒です。神様がともにいてくださって、力を与えてこの仕事を完成させてくださいます。「神様と一緒にいること」がソロモンの恐れを締め出し、力になります。


"それから、ダビデはその子ソロモンに言った。「強く、雄々しく、事を成し遂げなさい。恐れてはならない。おののいてはならない。神である主、私の神が、あなたとともにいてくださるのだから。主は、あなたを見放さず、あなたを見捨てず、主の宮の奉仕に関わるすべての仕事を完成させてくださる。"

歴代誌 第一 28章20節



「福音」とは「罪の赦し」だけではなくて、壊れてしまった神様との関係が回復し、愛に満ちたお父さんと子どものように回復することです。

その回復がリアルにわかるように教会の兄弟姉妹たちを与えて「互いに愛し合いなさい」「互いに仕え合いなさい」とおっしゃいます。

ソロモンが孤独に陥らないように、神様は一緒に神様のために奉仕する共同体を与えてくれました。ソロモンは一人で神殿を建てるのではありません。



"見よ。神の宮のあらゆる奉仕のために祭司とレビ人の各組がいる。どんな仕事でも、あらゆる奉仕のために知恵をもって進んで事に当たる者がみな、あなたとともにいる。首長たちとすべての民は、あなたの命令すべてに従う。」"

歴代誌 第一 28章21節



助けてくれる仲間が与えられるのは神様の愛の表れです。

教会が「キリストのからだ」と言われるのはその理由です。

見えないキリストが僕らを愛し一緒にいてくださいます。それは兄弟姉妹が愛し合い助け合うことに現れます。その時、僕らの孤独や恐れは締め出され、力と喜びが注がれていきます。「愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。」(1ヨハネ4.18)


人は一人で生きるようには作られていません。僕らが力を失うのは交わりから切り離されてしまう時です。イエス様がぶどうの木、僕らは枝です。スマホが充電器から外れたら力を失っていくように、僕らも神様から離れるなら力を失っていきます。

神様は僕らを孤独の中で一人で戦わせようとはしていません。

もし、「力が出ない」「怖い」「祈れない」「苦しい」と思うなら一人で抱え込まずに神様に戻り、兄弟姉妹のところに戻りましょう。



"それから、ダビデはその子ソロモンに言った。「強く、雄々しく、事を成し遂げなさい。恐れてはならない。おののいてはならない。神である主、私の神が、あなたとともにいてくださるのだから。主は、あなたを見放さず、あなたを見捨てず、主の宮の奉仕に関わるすべての仕事を完成させてくださる。"

歴代誌 第一 28章20節


今日も神様は僕らに愛を注いでくださっています。主ご自身が共におられます。見放すことも見捨てることもありません。ハレルヤ!

2026年6月28日日曜日

1歴代28章9–10 20-21、29章1-20 人生の終わりに残るもの 礼拝メッセージ

 1歴代28章9–10 20-21、29章1-20 人生の終わりに残るもの


今日の箇所はダビデの遺言です。最後に伝えたいことです。そして、最後の祈りです。

みなさんはもうすぐ死ぬ、と言うときに何を伝えたいですか?次の世代に何を残したいですか?

彼はこの時69歳、そして、70歳で生涯を終えたことがわかっています。今日読んだのは29章です。

その最後は


(28節)

彼は幸せな晩年を過ごし、齢も富も誉れも満ち足りて死んだ。


ダビデがもう自分は長くない、と言う時に聖霊によって次の世代に伝えた言葉です。


ダビデが最後に伝えたかったことは、自分の栄光とか、国が繁栄するとか、戦争に勝つようにとか、生活が豊になるとかではありませんでした。神様との生きた交わりを築きあげなさい、いのちのある、喜びのある礼拝と賛美を作りなさい。そのために神様の家である神殿を作りなさい、と言うのが彼の遺言でした。これは彼の願いでもあり、神様が聖霊を通して与えてくださった神様の願いです。


ダビデの遺言は時空を超えて2026年に生きている僕らにも届いています。この神様からのメッセージを僕らも受け取りたいと思います。


1 神様を知れ

2 神様を知る人は恐れない

  理由1 神様が一緒にいてくださるから

  理由2  神様の計画だから 

  理由3 神を知ると喜んで献げられるから 

  理由4 神を知ると自分のものだと思わないから

3  人生は短い


1 神様を知れ


(28章9節)

わが子ソロモンよ。

あなたの父の神を知り、

全き心と喜びの気持ちをもって神に仕えなさい。

主はすべての心を探り、すべての思いの動機を読み取られるからである。


遺言は「神を知りなさい」です。

神様を知りなさい。神様を知る事は、神様について情報を持つことではありません。神様と親しく交わるということです。

ダビデは神様を礼拝すること、そして神様とお会いする神殿を作ることに人生の後半戦を全てかけてきました。最後には全ての財産を投じて、息子ソロモンに神殿を作りなさい、と命じます。


私たちには神殿を建てる使命はありません。この会堂は神殿ではありません。新約聖書はは私たち自身が神の宮であり、教会の集まりが神の家です。どこででも、2人でも三人でも集まるなら神様の家です。イエス様はそこにおられます。適用するなら、神殿を作るとは、神さまとの交わりを建て上げることです。

イエス様によると神殿は「祈りの家」です。(マタイ21.13)


ダビデは人生の最後に賛美チームを24チーム作り、交代で昼も夜も神様に感謝し、讃美する礼拝の体制を作ってきました。

神様の家は永遠です。賛美は永遠です。この世界の富も権力も滅ぶ日がきます。そして、世界中がイエス様の王国となる日がきます。その日には悪も悲しみも消え去り、ただ神様の栄光を賛美し、喜びと感謝します。そのような日がきます。将来1番価値のあることにそこから目を離さないで、神様を知りなさい、です。


※株を投資する人は今の状況を見ていません。将来の価値が上がるものを探しています。


同じように、ダビデは一時的なものではなくて、永遠に価値のある礼拝すること、賛美することに年齢が上がるほど、集中していきました。


同じようにダビデは遺言として神様を知りなさい、親密な関係を作ってきなさい、と言ったんです。親しくなるには、いろんな方法があります。

まずは、神様のことばを聞く。そして自分も神様に祈りで話す。言葉のキャッチボールです。

そして、聞くだけでなく、言われた通りに動いてみる。これも神様への愛です。

神様のためにお金を使うことも、時間を使うことも、体を使うことも、全部神様を愛し、親しくなっていく方法です。


9節後半

全き心と喜びの気持ちをもって神に仕えなさい。

主はすべての心を探り、すべての思いの動機を読み取られるからである。


全き心は、「神に真っすぐ向いている状態」「献身した心」「二心ではない心」です。


その理由は「主はすべての心を探り、すべての思いの動機を読み取られるからである。」

神様は僕らの行動でなく、外側でなく心を求めておられます。神様を求める、神様と近くありたい、愛したい、もっと近く、親しくしたい、そう願うなら神様も答えてくださる。神を求める人を、神様は決して退けません。


9節後半

もし、あなたが神を求めるなら、神はあなたにご自分を現される。


2 神様を知る人は恐れない


●理由1 神様が一緒にいてくださるから


(10)

今、心に留めなさい。主は聖所となる宮を建てるために、あなたを選ばれた。勇気を出して実行しなさい。」


(20)

それから、ダビデはその子ソロモンに言った。「強く、雄々しく、事を成し遂げなさい。恐れてはならない。おののいてはならない。神である主、私の神が、あなたとともにいてくださるのだから。主は、あなたを見放さず、あなたを見捨てず、主の宮の奉仕に関わるすべての仕事を完成させてくださる。


共にいてくださる神様です。見離さない神様です。神様がこの仕事を完成させてくださいます。


●理由2 神様の計画だから


これは神様からの提案です。ダビデが思いついたことではなく、一緒にいてくださる神様が設計図も与えてくださっています。


"ダビデはその子ソロモンに、玄関広間、神殿、宝物室、屋上の間、内部屋、贖いの間などの設計図を授けた。設計図は、すべて御霊によって彼に示された。"

歴代誌 第一 28章11~12節


当時の神殿の建築は、神様からの具体的な設計図も与えられています。だから、必ず実現します。恐れるな、大丈夫、神様がそうさせてくださいます。見離さない神様からの設計図です。

この設計図通りに、ソロモンは神殿を作りました。


僕らは生きている神殿です。礼拝は神様との交わりです。神様は見捨てることはありません。毎日、神様はことばをかけてくださいます。次の計画をいつも与えてくださいます。

だから、恐れるな、と僕らにも言ってくださっています。助けはすでに与えられています。


⚫︎理由3 神を知ると喜んで献げられるから 


ダビデは神様のために神殿建築のために喜んで財産をささげました。


(2-3節)

2,私は全力を尽くして、私の神の宮のために準備をしてきた。すなわち、金製品のための金、銀製品のための銀、青銅製品のための青銅、鉄製品のための鉄、木製品のための木、縞めのう、色とりどりの象眼細工用の石、あらゆる宝石、大理石などを大量に準備した。

3,そのうえ、私は、私の神の宮に対する喜びとして、聖なる宮のために準備したすべてのものに加えて、自分の宝としていた金銀を、私の神の宮のために献げる。


「私の神の宮に対する喜びとして、」神の家を愛しているからです。

義務だからじゃないです。喜びだからです。準備したものに加えて、自分の個人的な財産からもささげました。


(4-5)

4,建物の壁をおおうため、オフィルの金の中から金三千タラントと、精錬された銀七千タラント、

5,金製品のための金、銀製品のための銀、あらゆる職人の手仕事のためのものを献げる。


計算すると、今の価値なら数兆円規模だそうです。すごい額ですが、重要なのは金額ではなく、私は神を愛しているので、神様を知っているので、喜びなので、という理由です。後で、これらは全部神様から預かったものです、と祈っています。


イエス様は、あなたの心があるところに宝があるとおっしゃいました。愛が向くところに人はお金をかけます。車を愛する人は車にお金をかけます。趣味を愛する人は趣味にお金をかける。同じように、ダビデは神様を喜び、神様を愛して、喜んで、そこに全ての資産をかけました。


※お金をかけるところに心があり、愛があります。皆さんの心は何を一番に愛しているでしょう。


ダビデは人々にも愛と献身を呼びかけます。


(5節後半)

今日、自ら進んで、その手に溢れるほど主に献げる者はいないか


この呼びかけの大事なことは、「自ら進んで」です。

王様の圧力であっちゃいけないし、義務感からでもダメです。

愛している人はいないか、喜んで自分から献げる人はいないか、と呼びかけます。献げることが愛の表れであってほしい、と言う呼びかけです。


この呼びかけに対して人々はどうしたでしょう。

なんと多くの人たちが特にリーダーたちが喜んで進んでささげました。何度も「自ら進んで」とあります。


(6-9節)

6,すると、一族の長たち、イスラエル各部族の長たち、千人隊と百人隊の長たち、さらに王家の執務の長たちは、自ら進んで、

7,神の宮の奉仕のために、金五千タラント一万ダリク、銀一万タラント、青銅一万八千タラント、鉄十万タラントを献げた。

8,宝石を持っている者は、これをゲルション人エヒエルの手に託して主の宮の宝物倉に献げた。

9,民は、長たちが自ら進んで献げたことを喜んだ。彼らが全き心をもって、自ら進んで主に献げたからである。ダビデ王も大いに喜んだ。


神様への愛と喜びが人々にありました。喜びの理由は自ら進んでささげたからです。ダビデ王も人々も大いに喜びました。


を知れば知るほど愛と喜びは与えられます。愛されていることがわかるほど、僕らも神様を愛したくなります。その時にささげることは義務ではなくワクワクする喜びになります。


※おとといの金曜に初めてアンテオケ宣教会の理事会に出席しました。ズームで12人くらいの先生たちと、3時間の会議でした。自分は組織とか会議に苦手意識があるので、大丈夫かな、って心配して祈り会でも祈ってもらってました。


結果、どうだったか。楽しかったです。ワクワクしました。先生たちの発言の一つ一つに、神様にささげたい、この福音を世界に届けたい、と言う喜びがいつもその背後に見えました。宣教師たちをどう助けるか、規約をどうするか、お金はどうするか、その議題の一つ一つが義務ではなく、喜び、愛、感謝がありました。疲れるか、と思ったら、終わった後は、むしろ喜びと力が注がれた感覚でした。お祈りありがとうございます。


⚫︎理由4 神を知ると自分のものだと思わないから


「神様は本当に良くしてくださった。」「神様は祝福してくださった。」「知恵も理解も力も全部神様からだ。」と祈ります。12節からの祈りは感動です。

ご一緒にゆっくり、12節から16節読みましょう。


(12-16節)

12,富と誉れは御前から出ます。あなたはすべてのものを支配しておられます。あなたの御手には勢いと力があり、あなたの御手によって、すべてのものが偉大にされ、力づけられるのです。

13,私たちの神よ。今、私たちはあなたに感謝し、あなたの栄えに満ちた御名をほめたたえます。

14,このように自ら進んで献げる力を持っているとしても、私は何者なのでしょう、私の民は何者なのでしょう。すべてはあなたから出たのであり、私たちは御手から出たものをあなたに献げたにすぎません。

15,私たちは、父祖たちがみなそうであったように、あなたの前では寄留者であり、居留している者です。地上での私たちの日々は影のようなもので、望みもありません。

16,私たちの神、主よ。あなたの聖なる御名のために宮を建てようと私たちが準備したこの多くのものすべては、あなたの御手から出たものであり、すべてはあなたのものです。


何を献げても、神様から頂いたものを返しているだけです。


※ウチの子たちが小さかったとき、僕の誕生日に、お菓子を買ってきてくれたり、ジュースを買ってきてくれたりしました。お父さんを喜ばせようと思って選んできてくれるのが嬉しかったです。息子たちも嬉しそうでした。でも、そのお金あげたの僕です。

僕が嬉しいのは、お菓子ではなく、彼らが自分を尊敬し愛してくれる心が嬉しいんです。お金の問題ではありません。


同じように、僕らが神様から財産や力や時間を預かっている理由は、僕らが神様を喜び、愛するためです。元は全部神様からのものです。愛のキャッチボールのようです。


以上が「神様を知る人は恐れない」理由です。


⚫︎3人生は短い


(15)

私たちは、父祖たちがみなそうであったように、あなたの前では寄留者であり、居留している者です。地上での私たちの日々は影のようなもので、望みもありません。


影はすぐに伸びたり消えたりするし、つかまえることができません。すぐに消えていくものです。そのように地上の人生も短いものです。この時のダビデは自分の死が近いことを知っていました。

王になりました。権力を持ちました。莫大な財産を集めました。でも、もうすぐお別れです。

神様の前に持っていける権力やお金なんてありません。

ダビデは全てを神様に捧げて、人生を終えました。


人生の終わりには残るものと消えていくものがあります。神様を知ることです。それは永遠に続く宝です。


みなさんの人生は何を目指しているでしょうか。もし、神様との歩みでなく、消えていくものばかりに心が向いているなら、今週、もう一度永遠に価値のあることに時間をとりわけましょう。


最初に質問しました。


みなさんはもうすぐ死ぬ、と言うときに何を伝えたいですか?次の世代に何を残したいですか?


ダビデは、「財産を残しなさい。」「もっと強い国を作りなさい。」とは言いませんでした。最後に残した言葉は、「神を知りなさい。」でした。


全然祈れなかった人は、一日5分でいいから、本当に心を注いで、神様に向いて祈る時間をとりましょう。全然聖書を読めなかった人は、1日一節でもいいから、5分でいいから、神様のみことばを読みましょう。

礼拝を後回しにしてる人は、仕事や用事のスケジュールをもう一度調整して、礼拝を優先しましょう。

神様との時間を、神様を愛することを一つずつ増やしていきましょう。

人生は影のように短いものです。

人生の終わりに残るのは、集めたものではなく、神様と共に歩んだ人生です。


今週、神様を親しく知るためにすることを、一つ考えてみてください。その決断は神様に喜ばれています。