2歴代26-27章
イエス様は「金持ちが天の御国にはいるのはむずかしいことです。」とおっしゃいました。(マタイ19.23)これはお金持ちが悪いとか、貧乏人の方が良いという話ではなくて、豊かになったり権力を持ったり、思い通りになることで「神様なしでもやっていける」と思いやすいということです。
ウジヤはまさにそうでした。最初は神様を求めていました。そして、神様もまた彼に答えて祝福してくださいました。ところが、彼が成功し、強くなると「その心は高ぶり、ついに身に滅びを招いた」といいます。
"神を認めることを教えたゼカリヤが生きていた間、彼は神を求めた。また彼が主を求めていた間、神は彼を栄えるようにされた。"
歴代誌 第二 26章5節
"しかし、彼が強くなると、その心は高ぶり、ついに身に滅びを招いた。彼は自分の神、主の信頼を裏切った。香の壇の上で香をたこうとして主の神殿に入ったのである。"
歴代誌 第二 26章16節
「神様が」祝福し強くされました。だのにウジヤはその成功や権力によって高ぶり、おかしくなっていきました。
「お金持ちや権力者が悪い」という単純な話ではなくて、成功や能力や経験や人気や知識や健康や実績、そういうもの増えてくると、「神様に支えられなければできない」という若い頃の感覚を忘れて、「自分でやる。できる」が強くなっていく、という僕らへの警告です。
ウジヤ王は成功しました。軍事的にも経済的にも繁栄し、名前が広く知れ渡りました。これらは全部神様の恵みです。聖書は具体的に丁寧に「神様が祝福してくださった多くのこと」を記録しています。
"彼は出陣してペリシテ人と戦い、ガテの城壁、ヤブネの城壁、アシュドデの城壁を打ち壊し、アシュドデをはじめとするペリシテ人の領土に町々を建てた。
神は彼を助けて、ペリシテ人、グル・バアルに住むアラビア人、メウニム人に立ち向かわせられた。
アンモン人はウジヤのもとに貢ぎ物を納めた。こうして、彼の名はエジプトの境にまで届いた。その勢力がこの上なく強くなったからである。
ウジヤはエルサレムの隅の門、谷の門、および城壁の角の上にやぐらを建て、これを強固にした。
彼はまた、荒野にやぐらを建て、多くの水溜めを掘った。シェフェラにも平野にも多くの家畜を持っていたからである。山地や果樹園には農夫やぶどう作りがいた。彼は農業を好んだのである。
さらに、ウジヤには常時戦いに備える部隊があった。それは書記エイエルとつかさマアセヤによって登録された人数にしたがって各隊に配属され、王の隊長の一人ハナンヤの指揮下にあった。
勇士である一族のかしらたちの総数は、二千六百人であった。
その指揮下には三十万七千五百人の軍勢があり、王を助けて敵に当たる強力な部隊であった。
ウジヤは、その全軍のために、盾、槍、かぶと、よろい、弓、および投石器用の石を用意した。
さらに彼はエルサレムで、巧みに考案された兵器を作り、矢や大石を放つために、やぐらの上や城壁の角の上に据えた。こうして、彼の名声は遠くにまで広まった。彼が驚くべき助けを得て、強くなったからである。"
歴代誌 第二 26章6~15節
こんなに多くの恵みが与えられているのに、ウジヤはそれを神様の栄光にせず、感謝もせず、自分の手柄にしていったようです。そしてさらに自分の領域を広げようとします。
神様は祭司だけに神殿に入って香をたく務めを与えていました。王が祭司の務めをすることは許されていないはずでした。(民数記18.7など)
だのに、富と成功と栄光を手にした彼は「私がやる」「私が神様のためにやってあげる」と傲慢な態度になって祭司だけが許されている領域に足を踏み入れていきます。
"しかし、彼が強くなると、その心は高ぶり、ついに身に滅びを招いた。彼は自分の神、主の信頼を裏切った。香の壇の上で香をたこうとして主の神殿に入ったのである。
すると、彼の後から祭司アザルヤが、主に仕える八十人の勇敢な祭司たちとともに入って来た。
歴代誌 第二 26章16~17節
アザルヤと祭司たち80人は、おかしくなった王様に勇気を持って「主に香をたくのはあなたのすることではありません…聖所から出てください。」と立ち向かい注意します。ですが、彼は聞く耳を持ちません。
聞かないどころか逆ギレです。
このように手がつけられなくなったウジヤを、神様はその場で重い皮膚病でさばきます。ここまでしなければ彼を止めることができなくなっていました。
"彼らはウジヤ王の前に立ちふさがって言った。「ウジヤよ。主に香をたくのはあなたのすることではありません。香をたくのは、聖別された祭司たち、アロンの子らのすることです。聖所から出てください。あなたは主の信頼を裏切りました。あなたには、神である主の誉れは与えられません。」
ウジヤは激しく怒った。香をたくための香炉を手にしていたが、彼が祭司たちに対して激しく怒ったとき、主の神殿の中にいた祭司たちの前、香の壇の傍らで、彼の額にツァラアトが現れた。"
歴代誌 第二 26章18~19節
神様のさばきとしてツァラアトを受けても彼は悔い改めてへりくだることなく、一生を不治の病で過ごします。
"祭司の長アザルヤと祭司たち全員が彼の方を見ると、なんと、彼の額がツァラアトに冒されていた。そこで彼らは、急いで彼をそこから連れ出した。彼自身も急いで出て行った。主が彼を打たれたからである。
ウジヤ王は死ぬ日までツァラアトに冒され、ツァラアトに冒された者として隔離された家に住んだ。彼が主の宮から断たれたからである。その子ヨタムが王宮を管理し、民衆をさばいた。"
歴代誌 第二 26章20~21節
息子のヨタムは見ていました。間近でお父さんが傲慢になっていき、神様に裁かれたことをです。そのヨタムが次の王様になります。彼にとってこれは強烈な教訓となっていたようです。聖書は息子が「主の神殿に入ることはしなかった。」と強調しています。
"彼は、すべて父ウジヤが行ったとおりに、主の目にかなうことを行った。ただし、主の神殿に入ることはしなかった。民は依然として滅びに向かっていた。"
歴代誌 第二 27章2節
"ヨタムは勢力を増し加えた。彼が、自分の神、主の前に、自分の道を確かなものとしたからである。"
歴代誌 第二 27章6節
息子ヨタムが繁栄したのは神様を恐れ従ったからです。お父さんの姿を見ていた彼が同じ道を歩まなかったからです。聖書は僕らにも繁栄と成功と権力を手にした人の危険を伝えています。
お父さんウジヤが成功したり繁栄したことが悪いのではありません。
それらを与えてくださった神様に栄光を返さず、高ぶって自分のものとしたことが悪いのです。
これは僕らへの警告です。
今日もすべてのことを感謝しましょう。もし何かをする力があるとすれば、それは神様の恵みです。食べることも飲むことも歩くことも話すことも全部恵みです。家があること、服があること、全てが恵です。私たちが高ぶることがありませんように。すべての栄光を、賛美と感謝を神様にささげる1日でありますように。ハレルヤ!