2026年3月13日金曜日

ローマ1.18-32

 心が暗くなり、むなしくなり、おかしくなり、本来の自分ではなくなっていくプロセスが聖書に書いてあります。「神を知っていながら、神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その鈍い心は暗くなったのです。」(ローマ1.21)その人は代わりに不満や不安や妬みや争いなど、良くないものに蝕まれていきます。神様だけ永遠の力があるし、それを与えようとしてくださっています。それを知っていながら賛美せず、感謝しないことがおかしくなる原因です。

スマホ充電すればいいのに「電池がない!」と文句を言い続けるよう人になってしまいます。電源ボタン押していないのに「これ壊れている!」と怒るような愚かさです。

 


"神の、目に見えない性質、すなわち神の永遠の力と神性は、世界が創造されたときから被造物を通して知られ、はっきりと認められるので、彼らに弁解の余地はありません。

彼らは神を知っていながら、神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その鈍い心は暗くなったのです。"

ローマ人への手紙 1章20~21節



神様を拒否する人は代替品で満たされようとします。何かで満たされようと、人は神様じゃないものを礼拝します。でもそれは何も良いものを生み出しません。むしろ人間を悲しみと苦しみに突き落とすルートです。



"彼らは、自分たちは知者であると主張しながら愚かになり、

朽ちない神の栄光を、朽ちる人間や、鳥、獣、這うものに似たかたちと替えてしまいました。

そこで神は、彼らをその心の欲望のままに汚れに引き渡されました。そのため、彼らは互いに自分たちのからだを辱めています。

彼らは神の真理を偽りと取り替え、造り主の代わりに、造られた物を拝み、これに仕えました。造り主こそ、とこしえにほめたたえられる方です。アーメン。"

ローマ人への手紙 1章22~25節



ある人は偶像を作り自分をささげます。ある人は快楽に自分をささげます。本来、僕らの心と体は神様にささげるように作られています。その時に僕らは満たされ、喜び、安心するように作られています。

ところが、神様じゃないものに自分をささげていくと、心が暗くなり、悪いものしか生み出しません。そのリストが書かれています。



"彼らは、あらゆる不義、悪、貪欲、悪意に満ち、ねたみ、殺意、争い、欺き、悪巧みにまみれています。また彼らは陰口を言い、

人を中傷し、神を憎み、人を侮り、高ぶり、大言壮語し、悪事を企み、親に逆らい、

浅はかで、不誠実で、情け知らずで、無慈悲です。

彼らは、そのような行いをする者たちが死に値するという神の定めを知りながら、自らそれを行っているだけでなく、それを行う者たちに同意もしているのです。"

ローマ人への手紙 1章29~32節



神様ではなく、作られたものに礼拝をささげることは、まるでコンセントを机に挿そうとしたり、鍵を他の所の穴に入れて「変だ、おかしい!」と言うような愚かさです。結果は死です。

「造り主こそ、とこしえにほめたたえられる方です。」神様だけが賛美される方、感謝を受ける唯一のお方です。

今日の僕らの賞賛、拍手、感謝は全部神様にささげましょう。

「彼らは神の真理を偽りと取り替え、造り主の代わりに、造られた物を拝み、これに仕えました。造り主こそ、とこしえにほめたたえられる方です。アーメン。」(25)



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