2026年2月9日月曜日

民数記18.1-20

 民数記18.1-20



神様の前ではみんな赦された罪人同士であり、神様の子ども同士、兄弟姉妹です。…が、与えられた役目はそれぞれ違います。モーセの時代、アロンは特別に「大祭司」の役目が与えられました。そしてアロンの子どもたちも「祭司」の役目が与えられました。これは神様から与えられたもので、自分で手に入れたものではありません。

この当時、祭司以外は聖なる幕屋の内側に入ることは許されませんでした。「資格なしにこれに近づく者は殺されなければならない。」と言われるほどです。



"あなたと、あなたとともにいるあなたの子たちは、祭壇に関するすべてのことや、垂れ幕の内側のことについて自分の祭司職を守り、奉仕しなければならない。わたしはあなたがたの祭司職の奉仕を賜物として与える。資格なしにこれに近づく者は殺されなければならない。」"

民数記 18章7節



もし誰かが汚れたままで聖なる神様に近づくならば、その責任は本人だけでなく祭司も罪に問われます。



"そこで、主はアロンに言われた。「あなたと、あなたとともにいるあなたの子たちと、あなたの父の家の者たちは、聖所に関わる咎を負わなければならない。また、あなたと、あなたとともにいるあなたの子たちは、あなたがたの祭司職に関わる咎を負わなければならない。"

民数記 18章1節


責任重大すぎて「祭司はいいなぁ」とは思われません。祭司は神様の激しい怒りや裁きが人々に下されることがないように、いつも執り成し祈る役目です。


"彼らはあなたのための任務と、天幕全体の任務に当たる。しかし彼らは、聖なる用具と祭壇に近づいてはならない。彼らも、あなたがたも、死ぬことのないようにするためである。

彼らはあなたに連なり、天幕の奉仕のすべてに関わる、会見の天幕の任務に当たる。資格のない者があなたがたに近づいてはならない。

あなたがたは、聖所の任務と祭壇の任務を果たしなさい。そうすれば、イスラエルの子らに再びわたしの激しい怒りが下ることはない。"

民数記 18章3~5節



この役目のためには、祭司自身が聖なる生活に集中する必要がありました。そのため、生活に必要な食べ物や住まいなどが保障されます。人々のささげ物の中から与えられるように神様が決めてくださいました。彼らは土地や畑を持たず、フルタイムで神様のために奉仕します。神様は丁寧に彼らの受け取るものを決めてくださいました。



"主はまたアロンに言われた。「今わたしは、わたしへの奉納物に関わる任務をあなたに与える。わたしはイスラエルの子らのすべての聖なるささげ物について、これをあなたが受け取る分とし、またあなたの子たちへの永遠の割り当てとする。"

民数記 18章8節



"また次の物もあなたのものとなる。イスラエルの子らの贈り物である奉納物、彼らのすべての奉献物、これをわたしはあなたと、あなたとともにいる息子たちと娘たちに与え、永遠の割り当てとする。あなたの家にいるきよい者はだれでも、それを食べることができる。

最良の新しい油、新しいぶどう酒の最良のものと穀物、人々が主に供えるこれらの初物すべてをあなたに与える。

彼らの地のすべてのものの初なりで、彼らが主に携えて来る物は、あなたのものになる。あなたの家にいるきよい者はだれでも、それを食べることができる。"

民数記 18章11~13節



祭司たちは相続地や財産を持ちません。畑や家畜も最小限です。彼らにとっては神様ご自身が相続地であり、生活保障でした。



"主はまたアロンに言われた。「あなたは彼らの地で相続地を持ってはならない。彼らのうちに何の割り当て地も所有してはならない。イスラエルの子らの中にあって、わたしがあなたへの割り当てであり、あなたへのゆずりである。"

民数記 18章20節



今も、僕らの生活は神様ご自身に支えられています。仕事はしますが、必要なものを与えてくださるのは神様です。「何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、など」の心配は「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」と言われています。(マタイ6.33)


また、祭司の時代と同じように、今も「教会の指導者の生活が具体的に保障されるように」と聖書は教えています。特に聖書のみことばを教えている指導者には十分な報酬を払うように、です。



"あなたがたは、宮に奉仕している者が宮から下がる物を食べ、祭壇に仕える者が祭壇のささげ物にあずかることを知らないのですか。

同じように主も、福音を宣べ伝える者が、福音の働きから生活の支えを得るように定めておられます。"

コリント人への手紙 第一 9章13~14節



"よく指導している長老は、二倍の尊敬を受けるにふさわしいとしなさい。みことばと教えのために労苦している長老は特にそうです。

聖書に「脱穀をしている牛に口籠をはめてはならない」、また「働く者が報酬を受けるのは当然である」と言われているからです。"

テモテへの手紙 第一 5章17~18節



旧約の時代も今も指導者たちの責任は重大です。「私たち教師は、より厳しいさばきを受けます。」ともあるからです。(ヤコブ3.1)彼らには支えが必要です。



"この人たちは神に申し開きをする者として、あなたがたのたましいのために見張りをしているのです。ですから、この人たちが喜んでそのことをし、嘆きながらすることにならないようにしなさい。そうでないと、あなたがたの益にはならないからです。"

ヘブル人への手紙 13章17節



今日も指導者のために祈りましょう。人々の罪の責任を祭司は一緒に背負い、一緒に祈りました。

そして、今も教会の指導者たちは、人々ために祈り続けるものです。責任重大です。聖書は何度も「私たちのために祈ってください。」と書いています。今日も教会の指導者が神様から与えられた責任を誠実に果たすことができますように祈りましょう。



0 件のコメント:

コメントを投稿