ローマ2.17-3.4
「教会に傷つけられた」「牧師につまづいた」よくある悲しい話です。…ですが、「イエス様につまづいた」「イエス様に傷付けられた」のではありません。「たとえすべての人が偽り者であるとしても、神は真実な方」です。(ローマ3.4)つまづきの原因は人間の罪であり悪であり欠点です。
同じように、戦争とイスラエルの政策を見聞きして「なんでそんなこと…」「ひどい…」と思うのも悲しい話です。だからと言って「聖書は間違い」「神なんていない」のではありません。
「律法は聖なるものです。また戒めも聖なるものであり、正しく、また良いものです。」(ローマ7.12)悪いのは神様でも聖書でもなくて、人間です。聖なる教えを知りながら、実際にはヒドいことをしている人間を聖書は指摘しています。
(17-23)
17,あなたが自らユダヤ人と称し、律法を頼みとし、神を誇り、
18,みこころを知り、律法から教えられて、大切なことをわきまえているなら、
19,また、律法のうちに具体的に示された知識と真理を持っているので、目の見えない人の案内人、闇の中にいる者の光、愚かな者の導き手、幼子の教師だ、と自負しているなら、
21,どうして、他人を教えながら、自分自身を教えないのですか。盗むなと説きながら、自分は盗むのですか。
22,姦淫するなと言いながら、自分は姦淫するのですか。偶像を忌み嫌いながら、神殿の物をかすめ取るのですか。
23,律法を誇りとするあなたは、律法に違反することで、神を侮っているのです。
人は真実ではありません。正しい国はありません。真実で正しいお方は神様だけです。
(3章3-4節)
では、どうですか。彼らのうちに不真実な者がいたなら、その不真実は神の真実を無にするのでしょうか。
決してそんなことはありません。たとえすべての人が偽り者であるとしても、神は真実な方であるとすべきです。
イエス様は聖書を教える人には特に厳しく「外側は人に正しいと見えても、内側は偽善と不法でいっぱいです。」(マタイ23.28)と言います。だから、「彼らがあなたがたに言うことはみな、行ない、守りなさい。けれども、彼らの行ないをまねてはいけません。」(マタイ23.3)
じゃあ、最初に律法を委ねられたユダヤ人指導者は全部ダメな人たちか?というと、そんなことはありません。むしろ、素晴らしい点は「大いにあります」それは「神様のことばを委ねられた」ことです。(ローマ3.2)
(ローマ3.1-2)
それでは、ユダヤ人のすぐれている点は何ですか。割礼に何の益があるのですか。
あらゆる点から見て、それは大いにあります。第一に、彼らは神のことばを委ねられました。
ユダヤ人たちに神様は最初にみことばを預けてくださいました。そして今日も彼らは神様に愛され、選ばれています。神様が手を差し伸べている人たちです。
"彼らは、福音に関して言えば、あなたがたのゆえに、神に敵対している者ですが、選びに関して言えば、父祖たちのゆえに、神に愛されている者です。
神の賜物と召命は、取り消されることがないからです。"
ローマ人への手紙 11章28~29節
"イスラエルのことをこう言っています。「わたしは終日、手を差し伸べた。不従順で反抗する民に対して。」"
ローマ人への手紙 10章21節
"それでは尋ねますが、神はご自分の民を退けられたのでしょうか。決してそんなことはありません。"
ローマ人への手紙 11章1節
悪いのはみことばではありません。神様でもありません。「私たちが真実でなくても、キリストは常に真実である。」(テモテ2章13節)誰であっても、たとえ指導者でも「すべての人が罪の下にある」と聖書は言います。(ローマ3.10)人は必ず失敗します。…が、神様は真実です。「たとえすべての人が偽り者であるとしても、神は真実な方であるとすべきです。」(ローマ3.4)
信頼すべきは人でなく神様です。何年経っても人は失敗します。教会も失敗します。だからとりなしましょう。イエス様の憐れみを求めましょう。イエス様と一緒に不従順な人や反抗する人を見放さず、祈り求め続けましょう。「神はご自分の民を退けられたのでしょうか。決してそんなことはありません。」(ローマ11.1)
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