2023年1月19日木曜日

レビ19.1-18

 イエス様を信じた人は「聖なるもの」とされました。「聖なるもの」とは「神様専用の人」とか「他とは分離している人」という意味です

結婚しているカップルは相手専用の人です。二股は許されません。同じように、イエス様を信じた人は神様を愛し、神様に愛され、神様が嫌う罪とは離れるようになります。神様も好き、だけど同時に罪も楽しんでます、とはなりません。神様は最初イスラエル人たちを恋慕い、彼らを選んで「聖なるもの」としました。そして神様にふさわしくなるために律法が与えられました。


(1-4節)

主はモーセにこう告げられた。

「イスラエルの全会衆に告げよ。あなたがたは聖なる者でなければならない。あなたがたの神、主であるわたしが聖だからである。

それぞれ、自分の母と父を恐れなければならない。また、わたしの安息日を守らなければならない。わたしはあなたがたの神、主である。

あなたがたは偶像の神々に心を移してはならない。また、自分たちのために鋳物の神々を造ってはならない。わたしはあなたがたの神、主である。


ところが、これらの律法は人間の努力では達成できないと聖書は言います。律法は僕らが親を愛さず、安息日を守らず、偶像を作り従いたがる罪人であることを明らかにします。(ローマ7.7、ガラテヤ3.22-24など)僕らはもともと、レビ記に書かれている律法のルールを守ることができない罪人ですですが、イエス様を信じた日から御霊が与えられ、御霊は「神様に従いたい」と気持ちを僕らに与えてくださっていて、しかもできるように助けてくださいます。聖書は「御霊に従って歩む私たちの中に、律法の要求が全うされる」と言います。(ローマ8.4)律法とは隣人を愛することです


(ガラテヤ5:14)

律法の全体は、「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」という一語をもって全うされるのです


今日の箇所は隣人を愛する方法が具体的に書かれています。収穫の時も全部収穫するのではなく、貧しい人のために残して置くようにと書かれています。神様の御霊が僕らをそのように変えてくださいます。


(9-10節)

あなたがたが自分の土地の収穫を刈り入れるときは、畑の隅々まで刈り尽くしてはならない。収穫した後の落ち穂を拾い集めてはならない。

また、あなたのぶどう畑の実を取り尽くしてはならない。あなたのぶどう畑に落ちた実を拾い集めてはならない。それらを貧しい人と寄留者のために残しておかなければならない。わたしはあなたがたの神、主である。



また、神様はいつも誠実で正しい方ですそのご性格は僕らにも御霊によって与えられます。


(11-18節)

盗んではならない。欺いてはならない。互いに偽ってはならない。

あなたがたは、わたしの名によって偽って誓ってはならない。そのようにして、あなたの神の名を汚してはならない。わたしは主である。

あなたの隣人を虐げてはならない。かすめてはならない。日雇い人の賃金を朝まで自分のもとにとどめておいてはならない。

あなたは耳の聞こえない人を軽んじてはならない。目の見えない人の前につまずく物を置いてはならない。あなたの神を恐れよ。わたしは主である。

不正な裁判をしてはならない。弱い者をひいきしたり強い者にへつらったりしてはならない。あなたの同胞を正しくさばかなければならない。

あなたは、民の中で人を中傷して回り、隣人のいのちを危険にさらすことがあってはならない。わたしは主である。

心の中で自分の兄弟を憎んではならない。同胞をよく戒めなければならない。そうすれば、彼のゆえに罪責を負うことはない。

あなたは復讐してはならない。あなたの民の人々に恨みを抱いてはならない。あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい。わたしは主である。


今日も僕らはイエス様の十字架によって赦され「聖なるもの」とされています。僕らの全ては神様のものです今日も神様を愛し、神様に愛され、隣人を愛し、困っている人を助け、誠実に歩みますように。僕らの中に住んでおられる御霊がそうさせてくださいます。ハレルヤ!


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