2023年1月18日水曜日

ゼパニヤ2章

 聖書に神様の裁きの日が来ることが繰り返し預言されていますが、それは僕らを脅して怖がらせるためではなく、主に立ち帰って救われるためです本当に危険なことを知らせるのは愛です。「キケン!」いう看板は僕らを守るためのものです神様の怒りと裁きにを逃れる方法は、自分の罪を認め、高ぶりをやめて、神様の前に戻ることですどんなにお金を持っていても権力を持っていても神様のさばきの日には何の役にも立ちません。ただ、方向を変えて神様に戻ることだけが救いです


(1.18)

彼らの銀も、彼らの金も、主の激しい怒りの日に彼らを救い出せない。主のねたみの火で、全土は焼き払われる。主が地に住むすべての人をたちまちのうちに滅ぼし尽くすからだ。


1-3

ともに集まれ、集まれ。恥知らずの国民よ。

御定めが行われて、その日が籾殻のように過ぎ去らないうちに。主の燃える怒りが、まだあなたがたを襲わないうちに。主の怒りの日が、まだあなたがたを襲わないうちに。

すべてこの国の、主のさばきを行う柔和な者たちよ、主を尋ね求めよ。義を尋ね求めよ。柔和さを尋ね求めよ。そうすれば、主の怒りの日に、かくまってもらえるかもしれない。


4節以降は当時のイスラエルの周りの国々が高ぶって神様とイスラエルをバカにしたことへの裁きが書かれています。神様が愛しているイスラエルを悪く言ってけなすことは、神様への攻撃と同じです。神様に勝てる人はいません。彼らは滅ぼされてしまいます。


8-10

「わたしはモアブのそしりと、アンモン人の、ののしりを聞いた。彼らはわたしの民をそしり、自分の領土のことで高ぶった。わたしは生きている。──イスラエルの神、万軍の主のことば──それゆえ、モアブは必ずソドムのようになり、アンモン人はゴモラのようになり、いらくさの茂る所、塩の穴、とこしえに荒れ果てた地となる。わたしの民の残りの者が、そこをかすめ奪う。わたしの国民の生き残りが、そこを受け継ぐ。」これは彼らの高慢のためだ。彼らが万軍の主の民をそしり、これに向かって高ぶったからだ。


聖書によると神様はイスラエルの先祖アブラハムに「あなたをのろう者をわたしはのろう。」とおっしゃいました。神様の宝の民であるイスラエルを呪うことは、神様を敵に回して自爆するようなものです。(創世記12.3)そのようにイエス様を信じる人たちもまたアブラハムと同じ祝福を受けています。(ガラテヤ3:9など)クリスチャンを悪く言い、けなすことは神様を敵に回すのと同じですクリスチャンはキリストの体の一部です。(1コリント6.15)


やがて、全ての神様の敵が一掃され、神と呼ばれる全ての偶像が一掃され、世界の全ての人たちがイエス様だけを礼拝する日がきます。


11

主への恐れが彼らに下る。主が地のすべての神々を消し去られるからだ。人々はそれぞれ、自分のところで主を礼拝する。異国のすべての島々も。


聖書の言葉は必ず実現します。聖書によると、神様に敵対する人たちが滅ぼされるは明らかです。また、偶像も金銀も何も役に立たなくなる

日が来るのも明らかです。僕らが求めるべきは神様だけです向かう方向を神様にはっきり決めた人には今から平安がスタートします。そして、永遠の平安と祝福が約束されています。


6-7節)

海辺よ。おまえは牧場となり、牧者たちの牧草地となり、羊の囲い場となる。

海辺はユダの家の残りの者の所有となる。彼らは海辺で羊を飼い、日が暮れると、アシュケロンの家々で横になる。彼らの神、主が彼らを顧みて、彼らを元どおりにされるからだ。


神様は世界中の人たちは一人も滅びることなく、悔い改めて救いと祝福を得るようにと願っておられます。僕らも方向を定めましょう。僕らが向かう方向は神様だけです


(2ペテロ 3:9)

主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです

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