今まで楽しかったことが全て消えていく日が来ると聖書は言います。若い時の力や喜びは消え、人生は終わります。この世界も消えていきます。これを伝えるのは脅すためでも、がっかりさせるためでもなくて、永遠の喜びと平安と祝福を手に入れて欲しいからです。彼の結論は、神様を恐れなさい、神様に従いなさい、ということです。
(13-14節)
結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。
神は、善であれ悪であれ、あらゆる隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからである。
これを書いたソロモン王は地上のあらゆる楽しみや繁栄を経験しました。でも、「空の空」つまり「むなしかった」と彼は言います。自分が年をとって弱って死ぬのが早いか、この世が終わるのが早いか、だからです。そうなる前に、創造者である神様を思い起こしなさい、よく考えなさい、とすすめます。
(1-4節)
あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない」と言う年月が近づく前に。
太陽と光、月と星が暗くなる前に、また雨の後に雨雲が戻って来る前に。
その日、家を守る者たちは震え、力のある男たちは身をかがめ、粉をひく女たちは少なくなって仕事をやめ、窓から眺めている女たちの目は暗くなる。通りの扉は閉ざされ、臼をひく音もかすかになり、人は鳥の声に起き上がり、歌を歌う娘たちはみな、うなだれる。
充実していると思った仕事も、それをする体力も、経済も、音楽もみんな消えて行きます。喜びがなくなる前に、神様の所に帰りなさい、と聖書は言います。今の世界的な苦しみは、続くはずと思っていた生活はいつか消える日が来ることを教えてくれているようです。役に立つ高級な金の器も銀のひもも不要品になり、井戸に集まってみんなで楽しく協力する生活も消えて行く日が来ると書かれています。人間は全て一度死にます。その時に、神様を知らない人には悲しみと絶望しかありません。
(6-8節)
こうしてついに銀のひもは切れ、金の器は打ち砕かれ、水がめは泉の傍らで砕かれて、滑車が井戸のそばで壊される。
土のちりは元あったように地に帰り、霊はこれを与えた神に帰る。
空の空。伝道者は言う。すべては空。
ところが、創造者である神様を知り、信じて受け入れ、神様と交流のある人は死んでも喜びと楽しみは消えることがありません。神様の前には喜びが満ちているからです。
(詩篇 16:9-11)
それゆえ、私の心は喜び、私のたましいは楽しんでいる。
私の身もまた安らかに住まおう。まことに、あなたは、私のたましいをよみに捨ておかず、あなたの聖徒に墓の穴をお見せにはなりません。
あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。
聖書は真理の書です。それは無くならない神様のことばです。神様を知り、神様を恐れ敬うことは最高の知恵です。もしどんなに勉強して知識を増やしても、神様から与えられる知恵でなければむなしく疲れるだけです。
(10-12節)
伝道者は適切なことばを探し求め、真理のことばをまっすぐに書き記した。
知恵のある者たちのことばは突き棒のようなもの、それらが編纂された書はよく打ち付けられた釘のようなもの。これらは一人の牧者によって与えられた。
わが子よ、さらに次のことにも気をつけよ。多くの書物を書くのはきりがない。学びに没頭すると、からだが疲れる。
僕らの人生も、繁栄しているように見える世界も、まるで散って行く花のようです。その中で無くならない希望と命を与えてくれるのは神様のことばです。
(イザヤ40.6-8)
「すべての人は草、その栄光は、みな野の花のようだ。主のいぶきがその上に吹くと、草は枯れ、花はしぼむ。
まことに、民は草だ。草は枯れ、花はしぼむ。だが、私たちの神のことばは永遠に立つ。」
混乱する世界の中で、僕らが今日も絶対になくならない神様を恐れ、信頼して従いますように。神様の前には闇でなく、光が、恐れではなく、平安があります。
(ヨハネ 8:12)
イエスはまた彼らに語って言われた。「わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」
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