僕らは苦しいことや不安なことを乗り越えるときに、いろんな力を求めます。ところが、聖書は単純に神様が「私たちの力」だと言います。そして、必要な食べ物や飲み物が与えられるように単純にこの神様に「口を大きく開けて求めよ」と言います。神様はそれを満たしてくださいます。聖書の教えはシンプルです。「こうすれば上手くいく」「海外ではこういう方法をやってるらしい」いろんな力や方法を求めるのもいいけど、第一にすべきは神様を求めることです。
神様はイスラエル人たちが苦しみ叫んだ時に助けてくださいました。素晴らしい実例はキリがないです。神様に求める時に、重荷を降ろし、必要なものが与えられてきました。だから「私に求めよ」と聖書は言います。この神様以外に神様はいません。
(6-10節)
わたしは彼の肩から重荷を除き彼の手を荷かごから離してやった。苦しみの中であなたは叫びわたしはあなたを助け出した。わたしは雷の隠れ場からあなたに答えメリバの水のほとりであなたを試した。(…中略…)
あなたのうちに異なる神があってはならない。異国の神を拝んではならない。
わたしはあなたの神主である。わたしがあなたをエジプトの地から連れ上った。あなたの口を大きく開けよ。わたしがそれを満たそう。
「口を大きく開けよ」は求めなさい、ということです。単純です。複雑に考えて祈りもせず、求めもしないのは僕らの悪いところです。神様に単純に求め、そして神様が与えてくださった全てを感謝することが正解です。
僕ら信仰者も今まで何度も神様に助けられて来たと思います。祈り求めて答えられたことが沢山あるはずです。神様は僕らがそれを忘れてしまうのではなく、喜び歌え、喜び叫べ、ほめ歌え、と命令しています。賛美は良くしてくださった数々のことを思い出して感謝し賛美することです。この神様こそ「わたしたちの力ある神」です。
(1-2節)
喜び歌え私たちの力なる神に。喜び叫べヤコブの神に。
ほめ歌を歌いタンバリンを打ち鳴らせ。麗しい音色の竪琴を琴に合わせてかき鳴らせ。
自分の計画を優先して神様の言葉に単純に従わないのは僕らの傲慢さです。イスラエル人たちは何度もそれで失敗してきました。
(11-12節)
しかしわたしの民はわたしの声を聞かずイスラエルはわたしに服従しなかった。
それでわたしは彼らを頑なな心のままに任せ自分たちのはかりごとのままに歩ませた。
僕らが今日も単純にまず神様に求め、神様に従いますように。神様は良いものを与えようと今日も待っておられます。神様は僕らに勝利を、そして良いものを与えようとし、道たらせようとしておられます。僕らが今日も単純に神様を第一に求めますように!
(13-16節)
ああただわたしの民がわたしに聞き従いイスラエルがわたしの道を歩んでいたなら。
わたしはただちに彼らの敵を征服し彼らに逆らう者に手を下したのに。
主を憎む者どもは主にへつらうが彼らの刑罰の時は永遠にまで至る。
しかし主は最良の小麦を御民に食べさせる。わたしは岩から滴る蜜であなたを満ち足らせる。
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