エレミヤ32.1-25
これから敵に占領され奪われるだけの土地なのに、価値がない土地なのに、神様はエレミヤに畑を買うようにおっしゃいます。普通に考えたら損だし、周りの人からは「意味あるの?」「エレミヤおかしくなった…」と思われるような買い物です。でも、エレミヤがそうしたのは、神様が「再びこの地で、家や、畑や、ぶどう畑が買われるようになる」(15)と言われる言葉を信じたからです。目先ではなくて神様のことばを信じる判断です。
(6-9節)
エレミヤは言った。「私に、このような主のことばがあった。
『見よ。あなたのおじシャルムの子ハナムエルが、あなたのところに来て、「アナトテにある畑を買ってくれ。あなたには買い戻す権利があるのだから」と言う。』
すると、主のことばのとおり、おじの子ハナムエルが私のところ、監視の庭に来て、私に言った。『どうか、ベニヤミンの地のアナトテにある私の畑を買ってください。あなたには所有権もあり、買い戻す権利もありますから、あなたが買い取ってください。』私は、これが主のことばであると知った。
そこで私は、おじの子ハナムエルから、アナトテにある畑を買い取り、彼に銀十七シェケルを払った。
エレミヤが敵に奪われる土地を買ったのは、神様の言葉が実現し、回復することへの信頼でした。
エレミヤはちゃんとお金を払って契約書を作って奪われるのがわかってる土地を購入しました。
エレミヤは将来の回復を信じました。
神様に不可能はありません。神様は今の状況を見ておられるのではなくて、将来の回復を見ておられます。
エレミヤは祈ります。
(17-19節)
『ああ、神、主よ、ご覧ください。あなたは大いなる力と、伸ばされた御腕をもって天と地を造られました。あなたにとって不可能なことは一つもありません。
あなたは、恵みを千代にまで施し、父たちの咎をその後の子らの懐に報いる方、大いなる力強い神、その名は万軍の主。
そのご計画は大きく、みわざには力があります。
(24-25節)
ご覧ください。この都を攻め取ろうとして、塁が築かれました。この都は、剣と飢饉と疫病のために、攻めているカルデア人の手に渡されようとしています。あなたのお告げになったことは成就しました。ご覧のとおりです。
神、主よ。この都がカルデア人の手に渡されようとしているのに、あなたは私に、金を払ってあの畑を買い、証人を立てよ、と言われます。』」
この世では損に見えることが、実は神様の前ですごい価値があることはたくさんあります。
例えば…
この世で見下されている人や小さい人にしたことはイエス様にしたことです。(マタイ25.40)
地上に宝を蓄えるよりも、天に宝を蓄えた方がいいです。(マタイ6.19-20)
イエス様のために何かを手放す人は100倍を受けます。(マルコ10.29-30)
敵を愛し、返してもらわずに貸すなら大きな報いがあります。(ルカ6.35)
地上で弱く、負けに見えることが、実はとんでもない栄光をもたらすことがあります。どうか、「心の目がはっきり見えるようになって、神の召しにより与えられる望みがどのようなものか、聖徒たちが受け継ぐものがどれほど栄光に富んだものか」知ることができますように。(エペソ1.18)僕らの今日の選択が神様の言葉にかける一歩でありますように。
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