悪いことが起こると「何かのバチが当たったのか…」と思う人が多いようです。パウロは嵐の海からやっと助かり島に上陸できましたが、間もマムシに噛まれます。それをみた島の人々は「この人はきっと人殺しだ」と言います。マムシは女神からの罰だ、と思ったようです。
(3-6)
パウロが枯れ枝を一抱え集めて火にくべると、熱気のために一匹のまむしが這い出して来て、彼の手にかみついた。
島の人々は、この生き物がパウロの手にぶら下がっているのを見て、言い合った。「この人はきっと人殺しだ。海からは救われたが、正義の女神はこの人を生かしておかないのだ。」(…中略…)人々は、彼が今にも腫れ上がってくるか、あるいは急に倒れて死ぬだろうと待っていた。
「何か悪いことをしたから…」と思いがちな僕らに聖書は次のように言います。
(ローマ8:28)
神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。
全ての出来事が益となります。人の目に悪いこともです。パウロはこのマムシによって死なないことがわかっていました。
(5)
しかし、パウロはその生き物を火の中に振り落として、何の害も受けなかった。
パウロはローマに行ってイエス様のことを証すると神様に言われていました。ここで死ぬはずがありません。それを見た人々は今度はパウロを「神様だ」と言い出します。
(6)
しかし、いくら待っても彼に何も変わった様子が見えないので、考えを変えて、「この人は神様だ」と言い出した。
パウロは急に人々から尊敬されるようになっていました。神様は悪い出来事さえも「益」に変えてくださいます。このことがあってからパウロと仲間達は人々に歓迎され、パウロもまた島の人々のために祈り、癒やします。そのことを通して彼らは尊敬され、旅に必要なものが与えられるようになります。
(7-10)
さて、その場所の近くに、島の長官でプブリウスという名の人の所有地があった。彼は私たちを歓迎して、三日間親切にもてなしてくれた。
たまたまプブリウスの父が、発熱と下痢で苦しんで床についていた。パウロはその人のところに行って、彼に手を置いて祈り、癒やした。
このことがあってから、島にいたほかの病人たちもやって来て、癒やしを受けた。また人々は私たちに深い尊敬を表し、私たちが船出するときには、必要な物を用意してくれた。
神様は「すべてのことを働かせて益として」くださいます。その時は悪いことに見えてもです。僕らがすべきことはただ神様を愛し隣人を愛して行くことだけです。今日の苦しみ、今日のアクシデントは通過点です。神様は全てのことを用いてご計画をなしてくださいます。ハレルヤ!
0 件のコメント:
コメントを投稿