2024年4月11日木曜日

出エジプト9.1-12

 出エジプト9.1-12


神様は「復讐は私のすることである」(ローマ12.19、ヘブル10.30)とおっしゃいます。「神にとって正しいこととは、あなたがたを苦しめる者には、報いとして苦しみを与え、苦しめられているあなたがたには、私たちとともに、報いとして安息を与えることです。」(2テサロニケ1.6-7)この言葉の通りのことがやがて起こります。神様に反抗するほど酷い目に遭うファラオの話は、神様の裁きが確かに起こることを僕らに伝えています。無自覚だけど、彼が頑固になってイスラエル人を苦しめるほど神様の勝利は明らかになり、神の名を全世界に知らしめることになります。



(16節)

しかし、このことのために、わたしはあなたを立てておいた。わたしの力をあなたに示すため、そうして、わたしの名を全地に知らしめるためである。



ファラオが頑固になって神様に裁かれたことは僕らへの警告だし悪い見本です。ファラオは財産である家畜を全て神様に殺され失いました。



(1-7)

1,主はモーセに言われた。「ファラオのところに行って、彼に言え。ヘブル人の神、主はこう言われる。『わたしの民を去らせ、彼らがわたしに仕えるようにせよ。

2,もしあなたが去らせることを拒み、なおも彼らをとどめておくなら、

3,見よ、主の手が、野にいるあなたの家畜、馬、ろば、らくだ、牛、羊の上に下り、非常に重い疫病が起こる。

4,しかし、主はイスラエルの家畜とエジプトの家畜を区別するので、イスラエルの子らの家畜は一頭も死なない。』」

5,また、主は時を定めて言われた。「明日、主がこの地でこのことを行う。」

6,主は翌日そのようにされた。エジプトの家畜はことごとく死んだが、イスラエルの子らの家畜は一頭も死ななかった。

7,ファラオは使いを送った。すると見よ、イスラエルの家畜は一頭も死んでいなかった。それでもファラオの心は硬く、民を去らせなかった。



神の怒りと裁きは、最後には僕らにも世界規模で起こります。頑固になったファラオには次々と神様からの災害が注がれます。



(8-12)

8,主はモーセとアロンに言われた。「あなたがたは、かまどのすすを両手いっぱいに取れ。モーセはファラオの前で、それを天に向けてまき散らせ。

9,それはエジプト全土にわたって、ほこりとなり、エジプト全土で人と家畜に付き、うみの出る腫れものとなる。」

10,それで彼らは、かまどのすすを取ってファラオの前に立ち、モーセはそれを天に向けてまき散らした。すると、それは人と家畜に付き、うみの出る腫れものとなった。

11,呪法師たちは、腫れもののためにモーセの前に立てなかった。腫れものが呪法師たちとすべてのエジプト人にできたからである。

12,しかし、主はファラオの心を頑なにされたので、ファラオは二人の言うことを聞き入れなかった。主がモーセに言われたとおりであった。



神様はファラオの反抗さえも逆手にとって栄光を表されます。それを聖書は「主はファラオの心を頑なにされた」と言います。(12)だからといって「じゃあ、罪を犯そう。神様の栄光になるんだから」ということはありません。(ローマ6.15)「きょう、もし御声を聞くならば、御怒りを引き起こしたときのように、心をかたくなにしてはならない。」(ヘブル3.7、3.5、4.7、詩篇95.7-8)と聖書は繰り返します。シンプルに神様に従うことが正解です。神の怒りと裁きは、やがて世界規模で起こります。今日、頑固になるのはやめて神様と隣人を愛する選択をしましょう。神様に喜ばれ祝福されます。それ以上に良いことは他にありません!





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