2ペテロ2.18-22
「自動で天国行きのチケット」ないようです。イエス様を信じても罪の生活に戻る人がたくさんいます。芽が出ても枯れる人、悪魔に食べられる人、誘惑や心配で枯れる人がいる、とイエス様もおっしゃいます。(マタイ13章)僕の体感でも半分以上の人が最後までイエス様と歩むことができないのでは、と感じます。「あんなにイエス様を喜んでいた人がナゼ…?」はよくある場面です。聖書は、一度イエス様を信じてから再び罪に巻き込まれるなら、もっと悪くなるし、知らなかった方がマシ、とさえ言っています。
"主であり、救い主であるイエス・キリストを知ることによって世の汚れから逃れたのに、再びそれに巻き込まれて打ち負かされるなら、そのような人たちの終わりの状態は、初めの状態よりももっと悪くなります。
義の道を知っていながら、自分たちに伝えられた聖なる戒めから再び離れるよりは、義の道を知らなかったほうがよかったのです。"
ペテロの手紙 第二 2章20~21節
"神のすばらしいみことばと、来たるべき世の力を味わったうえで、
堕落してしまうなら、そういう人たちをもう一度悔い改めに立ち返らせることはできません。彼らは、自分で神の子をもう一度十字架にかけて、さらしものにする者たちだからです。"
ヘブル人への手紙 6章5~6節
"もし私たちが、真理の知識を受けた後、進んで罪にとどまり続けるなら、もはや罪のきよめのためにはいけにえは残されておらず、
ただ、さばきと、逆らう者たちを焼き尽くす激しい火を、恐れながら待つしかありません。"
ヘブル人への手紙 10章26~27節
「犬は自分が吐いた物に戻る」、「豚は身を洗って、また泥の中を転がる」ということは起こります。(22)だからこそ、信じた人に教えることをやめず、励まし続け、思い出させ続ける、とペテロは言います。
"ですから、あなたがたがこれらのことをすでに知り、与えられた真理に堅く立っているとはいえ、私はあなたがたに、それをいつも思い起こさせるつもりです。"
ペテロの手紙 第二 1章12節
パウロでさえ「自分も失格になるかも…」と思っているようです。パウロでダメなら僕らもダメです。だから彼は「自分を打ちたたいて服従させます。…失格者にならないようにするためです。」それほど、堕落の可能性は高いです。
"むしろ、私は自分のからだを打ちたたいて服従させます。ほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者にならないようにするためです。"
コリント人への手紙 第一 9章27節
放置されるクリスチャンとか、自分のことをケアしないクリスチャンはいます。そんな彼らが守られ成長するのはかなり大変です。赤ちゃんが放置されるのと同じです。だから、まずは自分が毎日みことばを聞き、毎日思い出し、従い続けることと、自分だけでなく周りの仲間を、特にまだ食べられない信仰の赤ちゃんを養い励まし続けることが必要です。どんな人であっても養われなければ枯れます。食べなければ死にます。弱いのが人間です。「自分は大丈夫です」と思ってる人はむしろ危険です。「ですから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい。」(1コリント10.12)弱い僕らだからこそペテロは信仰と行いと知識と愛に励むように言います。
"だからこそ、あなたがたはあらゆる熱意を傾けて、信仰には徳を、徳には知識を、知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には敬虔を、
敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。
(…中略…)自分たちの召しと選びを確かなものとするように、いっそう励みなさい。これらのことを行っているなら、決してつまずくことはありません。"
ペテロの手紙 第二 1章5-10節
自分を養い、守り、そして仲間を養い、励まし、守りましょう。「私は大丈夫」なんて人はいません。みんな守りが必要です。みことばと愛による励ましが毎日必要です。「自分たちの召しと選びを確かなものとするように、いっそう励みなさい。これらのことを行っているなら、決してつまずくことはありません。」ハレルヤ!
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