神様は何でもできる方なのに、 神様を信じさせるための福音を伝えることだけは僕ら人間に委ねておられます。 人間に任せなくても、テレパシーとか、巨大なスピーカーを使ってでも伝えることができるのに、です。 しかも僕たちが労力を使って伝えることを「なんと美しいことか」 と言われます。
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しかし、信じたことのない方を、どのようにして呼び求めるのでしょうか。聞いたことのない方を、どのようにして信じるのでしょうか。宣べ伝える人がいなければ、どのようにして聞くのでしょうか。
遣わされることがなければ、どのようにして宣べ伝えるのでしょうか。「なんと美しいことか、良い知らせを伝える人たちの足は」と書いてあるようにです。
いろんな役目があって、 福音を伝えるために遣わされる人もいるけども、送り出す人もいます。 両者があってこその神様チームです。
信じるためにはキリストについて聞くことがどうしても必要です。そのためには送り出すチームも必要です。
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ですから、信仰は聞くことから始まります。聞くことは、キリストについてのことばを通して実現するのです。
僕たちはキリストの体であり、1人1人は各器官だと聖書は言います。(ローマ12.5)僕らが与えられた役目のために自分の体を委ねるなら、神様が人を導かれます。今日も僕らのこの足が「なんと美しいことか、良い知らせを伝える人たちの足は」という足にされますように。
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