2022年12月23日金曜日

ヨブ11章

 ヨブの友人ツォファルは、「あなたの不幸はあなたの悪のせいだ」という前提で説教します。 ヨブの苦しみと嘆きを「無駄話」と言い、「あなたに恥を見させる者はいないのだろうか。」とさえ言い、冷酷です。(3)もしもヨブが悔い改めて神様を求めるなら、こんなに素晴らしいことが起こるよ、とも教えますが、「ヨブにはムリ」と思っているようです。…ですが、ヨブ記の最後を読むとこの回復と祝福はその通り起こります。


(13-19)

もし、あなたが心を定め、神に向かって手を伸べ広げるなら、

もし、手に不法があればそれを遠ざけ、あなたの天幕に不正を住まわせないなら、そのとき、あなたは欠けのない者として顔を上げることができ、堅く立って恐れることはない。こうしてあなた自身は労苦を忘れ、これを流れ去った水のように思い出すだろう。あなたの一生は真昼よりも輝き、闇も朝のようになる。望みがあるので、あなたは安らぎ、守られて安らかに休む。横になっても、あなたを脅かす者はいない。多くの者があなたの好意を求める。

 

(ヨブ42:12-17)

主はヨブの前の半生よりあとの半生をもっと祝福された。それで彼は羊一万四千頭、らくだ六千頭、牛一千くびき、雌ろば一千頭を持つことになった。また、息子七人、娘三人を持った。(…中略…)ヨブの娘たちほど美しい女はこの国のどこにもいなかった。彼らの父は、彼女たちにも、その兄弟たちの間に相続地を与えた。この後ヨブは百四十年生き、自分の子と、その子の子たちを四代目まで見た。こうしてヨブは老年を迎え、長寿を全うして死んだ。

 

ツォファルは 「お前にはムリ」と攻撃するかのように話すのですが、「もしも神様が語りかけてくださったなら、 奥義を知り、罪は忘れ去られる」と言うその内容は僕らにとっても真実だし、福音です


(5-6)

しかし、神が語りかけ、あなたに対して唇を開いてくださっていたなら、

神は知恵の奥義をあなたに告げ、知性を倍にしてくださったであろう。知れ。神があなたのために、あなたの咎を忘れてくださることを。

 

ツォファルの主張は僕らに適用できます。イエス様を信じるものは真理を知り、神様は僕らの罪を思い出すことがありません。 イエス様によって僕たちは罪のない者、欠点のないものとみなされます。 「あなたは欠けのない者として顔を上げることができ、堅く立って恐れることはない。」(15)「あなた自身は労苦を忘れ、これを流れ去った水のように思い出すだろう。あなたの一生は真昼よりも輝き、闇も朝のようになる。望みがあるので、あなたは安らぎ、守られて安らかに休む。」(16-18)


僕らは小さすぎるし、汚れていて自分では神様に到達することは不可能ですこれもまたツォファルの言う通りです


(7-9)

あなたは神の深さを見極められるだろうか。全能者の極みを見出せるだろうか。それは天よりも高い。あなたに何ができるだろう。それはよみよりも深い。あなたが何を知り得るだろう。それを測ると、地よりも長く、海よりも広い。


高すぎて知ることができない圧倒的な神様が僕らを愛し、イエス様を人として遣わしてくださり、僕らを愛し、僕らの罪と呪いを十字架で引き受け、終わらせてくださり、回復させてくださいました。これが福音です人には不可能に見えることを、イエス様がしてくださいました。僕らは回復します。義とされます。闇も朝のようになります。


(ローマ 8:18)

今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。


イエス様を信じる人には栄光が待っています。不可能はありません。希望を持ちましょう。感謝しましょう。大丈夫です。ハレルヤ!

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