預言者エリヤがたくさんの奇跡をしたことが聖書に沢山書かれています。でも、彼に力があったのではなく、神様が特別に霊の賜物を与えてくださったからでした。彼は僕らと同じような人間です。「エリヤは、私たちと同じような人でしたが、雨が降らないように祈ると、三年六か月の間、地に雨が降りませんでした。」(ヤコブ5:17)でも、彼はすごく用いられました。偶像で堕落しているイスラエルの中で神様のことを語るためには、特別に聖霊に満たされている必要がありました。そして、エリヤはそれを与えられていました。
エリヤが地上の働きを終えて天に上げられる前に、神様は後継者としてエリシャを選んでおられます。(1列王19.16)そしてエリシャもまた同じように霊の賜物が充分に与えられるように願います。
(1)
主がエリヤを竜巻に乗せて天に上げようとされたときのこと(…以下略…)
(9-10)
エリヤはエリシャに言った。「あなたのために何をしようか。私があなたのところから取り去られる前に求めなさい。」するとエリシャは、「では、あなたの霊のうちから、二倍の分を私のものにしてください」と言った。
エリヤは言った。「あなたは難しい注文をする。しかし、私があなたのところから取り去られるとき、あなたが私を見ることができれば、そのことはあなたにかなえられるだろう。できないなら、そうはならない。」
神様は地上からエリヤを取り去られ、天に上げられました。
後継者エリシャにとっては父親であり、師匠を失う悲しみがありました。また、エリヤがいなくなることはイスラエルから戦力が失われたようなものです。
(11-12)
こうして、彼らがなお進みながら話していると、なんと、火の戦車と火の馬が現れ、この二人の間を分け隔て、エリヤは竜巻に乗って天へ上って行った。
エリシャはこれを見て、「わが父、わが父、イスラエルの戦車と騎兵たち」と叫び続けたが、エリヤはもう見えなかった。彼は自分の衣をつかみ、それを二つに引き裂いた。
残されたエリシャは一人で悲しみながら「エリヤの神、主はどこにおられるのですか」と言います。ところが神様の霊がエリシャと一緒にいて、実は彼は満たされていることがだんだん明らかになってきます。師匠エリヤがした奇跡と同じようなことを自分もしていることが気がつきます。
(14)
彼は、エリヤの身から落ちた外套を取って水を打ち、「エリヤの神、主はどこにおられるのですか」と言った。エリシャが水を打つと、水が両側に分かれ、彼はそこを渡った。
(19-22)
さて、この町の人々はエリシャに言った。「あなた様もご覧のとおり、この町は住むのには良いのですが、水が悪く、この土地は流産を引き起こします。」
するとエリシャは言った。「新しい皿に塩を盛って、私のところに持って来なさい。」人々は彼のところにそれを持って来た。
エリシャは水の源のところに行って、塩をそこに投げ込んで言った。「主はこう言われる。『わたしはこの水を癒やした。ここからは、もう、死も流産も起こらない。』」
こうして水は良くなり、今日に至っている。エリシャが言ったことばのとおりである。
エリシャに力があったのではなく、力ある神様の聖霊がエリシャに与えられていました。
同じように、イエス様が天に上げられた時、弟子たちは悲しみました。でも、イエス様は同じように、自分が去ったあと、主からの助け主、聖霊があたえられると言います。
(ヨハネ16.6-17)
わたしがこれらのこと(天に帰ること)をあなたがたに話したために、あなたがたの心は悲しみでいっぱいになっています。
しかし、わたしは真実を言います。わたしが去って行くことは、あなたがたにとって益なのです。それは、もしわたしが去って行かなければ、助け主があなたがたのところに来ないからです。しかし、もし行けば、わたしは助け主をあなたがたのところに遣わします。
エリシャに聖霊が与えられたように、僕らにも聖霊が与えられています。そして、聖霊は人を癒し、この地を癒す方です。
僕らも求めましょう。求める人には必ず聖霊が与えられます。
(ルカ11.13)
あなたがたも、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。
僕らが頼りにしてきた親とか先生、牧師、師匠のような人は必ず去っていきます。でも、イエス様は永遠に僕らと一緒です。イエス様の御霊は信じる人と共にいます。そして、求める人はさらに与えられ、満たされていきます。大胆に求めましょう。聖霊を求めましょう。「二倍の分を私のものにしてください」と言いましょう。神様は豊かに与えてくださいます。
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