2023年3月1日水曜日

ヨシュア記9章

 ヨシュア記9章

神様はカナンの地をの住民を全て追い出すと言われていました。そして、その住民を神様が聖絶する(滅ぼし尽くす)、とおっしゃいました。だからその住民が救われるのは本来は不可能なことです。
(申命記7:1-52)
主は、多くの異邦の民、すなわちヘテ人、ギルガシ人、エモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、およびエブス人の、これらあなたよりも数多く、また強い七つの異邦の民を、あなたの前から追い払われる。あなたの神、主は、彼らをあなたに渡し、あなたがこれを打つとき、あなたは彼らを聖絶しなければならない。彼らと何の契約も結んではならない。容赦してはならない。
だのに、滅ぼされずに助かった人たちがいた、という話が聖書にあります。ギブオンという町は滅ぼされなかった唯一の町です。ギブオンの住民は救われるためにウソをついてヨシュアをダマし、「滅ぼされない」という契約を結ぶことに成功しました。
4 彼ら(ギブオンの人々)もまた計略をめぐらし、変装を企てた。彼らは古びた袋と古びて破れたのに継ぎを当てたぶどう酒の皮袋とを、ろばに負わせ、
5 繕った古いはきものを足にはき、古びた着物を身に着けた。彼らの食料のパンは、みなかわいて、ぼろぼろになっていた。
6 こうして、彼らはギルガルの陣営のヨシュアのところに来て、彼とイスラエルの人々に言った。「私たちは遠い国からまいりました。ですから、今、私たちと盟約を結んでください。」(…中略…)
8 すると、彼らはヨシュアに言った。「私たちはあなたのしもべです。」
彼らは絶対に滅ぼされることを知っていました。それで、助かるためなら、「しもべ」「奴隷」になってもいいから滅ぼさないでほしい、と願いました。彼らは変装して、遠い国からやって来たフリをします。彼らはヨシュアをダマします。そしてついに「生かしてやる」という約束を交わすことに成功しました。ヨシュアとイスラエルがダマされた原因は簡単です。「主の指示を仰がなかった」からです。
14 そこで人々は、彼らの食料のいくらかを取ったが、主の指示を仰がなかった。
15 ヨシュアが彼らと和を講じ、彼らを生かしてやるとの盟約を結んだとき、会衆の上に立つ族長たちは、彼らに誓った。
ダマされた結果としての「彼らを生かしてやる」という盟約です。それでも神様の前に約束したことは有効です。
18 会衆の上に立つ族長たちがすでにイスラエルの神、主にかけて彼らに誓っていたので、イスラエル人は彼らを打たなかった。しかし、全会衆は族長たちに向かって不平を鳴らした。
19 そこで族長たちはみな、全会衆に言った。「私たちはイスラエルの神、主にかけて彼らに誓った。だから今、私たちは彼らに触れることはできない。(…中略…)
21 族長たちが全会衆に、「彼らを生かしておこう。」と言ったので、彼らは全会衆のために、たきぎを割る者、水を汲む者となった。族長たちが彼らに言ったとおりである。
ウソをついて相手をダマすのは罪です。ですが、それ以上に彼らがは「何とか救われたい」という思いは叶いました。イスラエルと戦うのは神様を敵に回すのと同じです。彼らは奴隷になってもいいから生かされたいと願いました。彼らがイスラエルと盟約を結ぶことは、神様の側に付くことでした。彼らは神様が絶対的な勝利者だと確信しています。
救われるのは無理なはずのギブオンが救われました。ウソをついても盟約を結びたかったのは彼らの必死さです。
僕らも神様に救われるのは本来無理でした。滅ぼされることが決定している罪人です。それに逆らうのは本来は無理です。だのに、イエス様はそんな僕らと契約を結んでくださり、僕らは救われるようになりました。これは奇跡です。神様の恵みは僕らが思う以上です。
神様が言われたことは必ず実現します。
罪人は滅びます。だのに、それなのに僕らは神様と和解し契約を結びました。
(新約聖書ヨハネ 5:24)
まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。
神様のことばは絶対です。だのに、それ以上に神様のあわれみは大きいようです。
(新約聖書 マタイ 9:13)
『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない。』とはどういう意味か、行って学んで来なさい。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」
僕らは憐れみを受けた罪人です。助かった罪人です。
威張れる人はいません。ただ、神様の憐れみだけが救いです。
神様のなさることは、僕らが思うよりずっとずっと大きいです。
「もうムリ」とか、「できない」と言うのはやめましょう。主の憐れみは僕らが思う以上です。主のあわれみは大きすぎます。
ハレルヤ!

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