箴言15.15
相手の話を聞くか、聞かないか。それは尊重するか、しないか、です。同じように神様の言葉を聞くか、聞かないかは神様を恐れ敬うかどうかです。神様はことばで教えてくださいます。聖書から、教会の仲間や指導者から教えてくださいます。もし聞く気がないなら、僕らは自分を正しいと思い、自己主張をします。それは自分の愚かさの露呈だと聖書はいいます。
(1-2)
1,柔らかな答えは憤りを鎮め、激しいことばは怒りをあおる。
2,知恵のある者の舌は知識をうまく用い、愚かな者の口は愚かさを吐き出す。
神様が与えてくださった指導者のアドバイスを侮る事はバカだ、と聖書はいます。その人は神様からの知恵をもらえないからです。反対に、人からの忠告や叱責を大事にする人は賢くなります。
(5)
愚か者は自分の父の訓戒を侮る。叱責を大事にする者は賢くなる。
(12)
嘲る者は叱られることを好まない。知恵のある者にも近づかない。
自分はわかってないです、ということは罪でも悪でも恥でもありません。むしろ良いことです。自分を低くする人は高くされます。(マタイ23.12)逆に、自分はわかってる、知っている、という人は愚かです。自分を高くするものは低くされます。忠告を受け付けなくなった王様より、神様の知恵を求める若者の方がずっと優れています。
(箴言 12:15)
愚か者は自分の道を正しいと思う。しかし知恵のある者は忠告を聞き入れる。
(伝道 4:13)
貧しくても知恵のある若者は、もう忠言を受けつけない年とった愚かな王にまさる。
今日も自分がわからないこと、知らないこと、知恵がないことを喜びましょう。真理とはイエス様ご自身です。イエス様との対話は真理を知らされ、目が開かれていく冒険です。無限の伸びしろしかありません。ハレルヤ!
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