1サムエル13章
困った時、僕らは慌てて自分なりに考えて判断します。神様を味方につけようとしてあれこれやってみたりします。「神様、こんなに献金したから助けて下さいよ」とか「見て下さいよ、祈ったし、奉仕もしましたよ、助けて下さいよ。」本音は「神様、ちゃんと働いて助けて下さいよ。こっちもこうしたんだから」神様をコントロールしたい気持ちです。神様と自分の上下が逆転しています。神様はお手伝いさんではありません。神様の願いは、僕らが神様のことばを聞き、それを自分の心として神様と一つになっていくことです。
(15章22節)
サムエルは言った。「主は、全焼のささげ物やいけにえを、主の御声に聞き従うことほどに喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。
サウルは敵に囲まれて困り果てました。兵士たちはどんどん逃げて行きます。(5-8)この時にすべきことは、実はもう預言者サムエルを通して告げられていました。
(10章8節)
私より先にギルガルに下って行きなさい。私も全焼のささげ物と交わりのいけにえを献げるために、あなたのところへ下って行きます。私があなたのところに着くまで、そこで七日間待たなければなりません。それからあなたがなすべきことを教えます。」
しかし、サムエルは待っても来ません。状況は悪くなるばかりで、兵士たちは怯えて去っていきます。困ったサウルは自分で神様にささげものをささげてお願いしてみよう、と思いました。
(9節から10節)
サウルは、「全焼のささげ物と交わりのいけにえを私のところに持って来なさい」と言った。そして全焼のささげ物を献げた。
彼が全焼のささげ物を献げ終えたとき、なんと、サムエルが来た。サウルは迎えに出て、彼にあいさつした。
自分で良かれと思った判断です。でも、預言者サムエルから言われたこととは違いました。サムエルは、それを厳しく糾弾します。
(13節から14節)
サムエルはサウルに言った。「愚かなことをしたものだ。あなたは、あなたの神、主が命じた命令を守らなかった。主は今、イスラエルにあなたの王国を永遠に確立されたであろうに。
しかし、今や、あなたの王国は立たない。主はご自分の心にかなう人を求め、主はその人をご自分の民の君主に任命しておられる。主があなたに命じられたことを、あなたが守らなかったからだ。」
相手に対して自分が思う「良いこと」をすれば認めてくれる、と思いがちです。でも、それが相手にとって良くはなかったし、違った、というのはよくある話です。同じように神様が求めておられるのは、「ご自分の心にかなう人」(14)です。大事なのは、神様のことばを聞いて、それを自分の心としていくことです。神様とひとつの心になっていくために必要なのは耳です。まず聞くことです。そして、聞いたことを、自分の心にすることです。「耳と心」は愛する方法です。耳と心を神様にささげることは礼拝であり、神様にとっての喜びです。
人間関係も同じです。ドヤ顔で「私はこんなことした」というよりも、相手に耳と心をささげて聞き、相手の心に寄り添っていくことが愛です。王様として一番大事なことは、神様の言葉を聞いてそれを自分の心にしていくことでした。神様を動かそうとしてあれこれ動くよりも、まず聞いて、思い巡らし、それを自分の心にすることです。
状況が悪い時、危機的な時、まずは神様のところに行って聞きましょう。「見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。」(15.22)神様の願いは僕らが神様の心と一つになることです。ハレルヤ!
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