2025年12月16日火曜日

1ペテロ3.13-22

 1ペテロ3.13-22


ペテロの手紙第一の2章と3章は、苦しみを受けている人たちへの励ましです。自分に害を加える者たちを愛しなさい、忍耐しなさい、と言われても、苦しいことに変わりはありません。でも、その苦しみは栄光に変わります。お手本はイエス様の忍耐と処刑、そして復活です。イエス様は正しくない人たちに苦しめられ、殺されました。でも、その苦しみは全部ひっくり返り、イエス様は復活して全ての栄光と権威を持っています。まるでオセロの大逆転のように、黒は白、白は黒になる日が来ます。これが僕らの希望です。



"神のみこころであるなら、悪を行って苦しみを受けるより、善を行って苦しみを受けるほうがよいのです。

キリストも一度、罪のために苦しみを受けられました。正しい方が正しくない者たちの身代わりになられたのです。それは、肉においては死に渡され、霊においては生かされて、あなたがたを神に導くためでした。"

ペテロの手紙 第一 3章17~18



イエス様は苦しめられ、それを忍耐しました。それは神様に喜ばれるものであり、勝利へのプロセスでした。今、イエス様はすべての権威と栄光を持っておられます。



"イエス・キリストは天に上り、神の右におられます。御使いたちも、もろもろの権威と権力も、この方に服従しているのです。"

ペテロの手紙 第一 3章22節



ノアも人々から馬鹿にされながら神様に従い続けました。この希望を信じた人はわずか8人でした。が、彼らは救われ勝利しています。



"かつてノアの時代に、箱舟が造られていた間、神が忍耐して待っておられたときに従わなかった霊たちにです。その箱舟に入ったわずかの人たち、すなわち八人は、水を通って救われました。"

ペテロの手紙 第一 3章20節


苦しみと忍耐は全て勝利と栄光に変わります。だから聖書は僕らにも同じようにするようにと言います。「義のために苦しむことがあっても、あなたがたは幸いです。」と言い切ります。(14)聖書は断言します。この世で思い通りになるよりも「善を行って苦しみを受けるほうがよいのです。」(17)それはやがてイエス様と一緒に栄光を持つことにつながるからです。これが僕らの希望です。



"たとえ義のために苦しむことがあっても、あなたがたは幸いです。人々の脅かしを恐れたり、おびえたりしてはいけません。

むしろ、心の中でキリストを主とし、聖なる方としなさい。あなたがたのうちにある希望について説明を求める人には、だれにでも、いつでも弁明できる用意をしていなさい。"

ペテロの手紙 第一 3章14~15節



人には理解されないかもしれません。それでもこの希望があるから良いことをし、恐れず、怯えず、忍耐します。説明を求める人がいたら説明します。善を行って苦しみを受ける方がいいのです。今日も悪に対して悪で返さず、忍耐し、善を行い、神様に喜ばれましょう。ハレルヤ!

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