民数記3.41-51
自分のことができない時に家事代行とか、運転代行とか、退職代行とか、代わりにやってくれるサービスがあります。同じように、神様は全家庭の長子を「わたしのもの」(13)とおっしゃって、神様にささげられた奉仕者とされましたが、実際には代わりにそれをやってくれる人たちとして、レビ族を「すべての長子の代わりに」選ばれました。
"「見よ。わたしは、イスラエルの子らのうちで最初に胎を開いたすべての長子の代わりに、イスラエルの子らの中からレビ人を取ることにした。レビ人はわたしのものとなる。
長子はすべて、わたしのものだからである。
民数記 3章12~13節
長子の人数とレビ族の人数が同じかどうか確認するために、人数を数えなさい、と神様はおっしゃいます。
"主はモーセに言われた。「イスラエルの子らの、一か月以上の男子の長子をすべて登録し、その名を数えよ。
わたしは主である。あなたはイスラエルの子らのうちのすべての長子の代わりとしてレビ人を、またイスラエルの子らの家畜のうちのすべての初子の代わりとしてレビ人の家畜を取り、わたしのものにしなさい。」"
民数記 3章40~41節
全家庭は「うちの長子が本来やるはずの奉仕を、あのレビ人が代行してくれている」という気持ちがありました。長子の数とレビ族の数がちょうど同じになればいいのですが、実際には長子の方が273人多いことがわかりました。それで神様は、全家庭からお金を集め、273人分の奉仕のための代金を渡すように命じられました。神様への奉仕はレビ族だけでなく全家庭にその責任がありました。
"レビ人の数より多い、二百七十三人のイスラエルの子らの長子の贖いの代金として、
一人当たり五シェケルを取りなさい。これを、一シェケル二十ゲラの、聖所のシェケルで取らなければならない。
そしてこの代金を、多い分の者たちの贖いの代金として、アロンとその子らに渡しなさい。」
モーセは、レビ人によって贖われた者より多い分の者たちから、贖いの代金を取った。
すなわち、イスラエルの子らの長子から、聖所のシェケルで千三百六十五シェケルの代金を取ったのである。
モーセは主の命により、この贖いの代金をアロンとその子らに渡した。主がモーセに命じられたとおりである。"
民数記 3章46~51節
この後もずっと全家庭はレビ族へ支援を続けます。収穫の十分の一を通して、レビ人が奉仕ができるようにを養い続けました。「あの人たちは特別で、ウチらは一般人」ではなく「本来、私たち全員が担う使命を、あの人は代表して代わりにやってくれている」という理解のゆえです。神様がそうおっしゃったからです。
これは僕らにも適用できます。新約聖書はクリスチャン全員のことを「あなたがたは選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神のものとされた民」といいます。(1ペテロ2.9)だから人種とか家系とか国籍の区別はありません。…ですが、生活費をもらって他の仕事をせずに祈りとみことばのために奉仕する人たちもいます。特に、「よく指導している長老は、二倍の尊敬(報酬)を受けるにふさわしいとしなさい。」(1テモテ5.17)と言われています。みんなが宣教地に出かけるのではないし、みんなが説教するのでもありません。が、代表として宣教地に出かけ説教し教える人がいます。それは僕ら全員の役目であり責任です。「牧師や宣教師は選手、うちらは観客」ではありません。「あの人たちはプロだから頑張っている」のでもありません。全員が奉仕者です。礼拝の奉仕も宣教の奉仕も僕ら全員の役目であり責任です。だから、僕らは代表として立つ人を祈りで支え、献金で支えます。牧師や宣教師が倒れるなら、自分も痛みます。レビ族を代わりに用い、全家庭はそれを支え続けるように神様が言われたのと同じです。
宣教師も牧師も教会公認の、キリストの体の一つの器官としての役目です。牧師はまるでお店のスタッフ、信徒は注文だけするお客さんではありません。全員がキリストの体の一部です。僕らみんなが献身者です。一緒にささげ、一緒に祈り、一緒に苦しみ、一緒に喜びましょう。
ハレルヤ!
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