民数記24章
最近イスラエルを嫌う人は多いようです。今も昔もイスラエルの悪いところを挙げるならキリがありません。聖書もそう伝えています。…それでもイスラエルは神様にとっての「長子」です。(出エジプト4章11節)「長子」は家を相続し、家の代表となる人のことです。神様にとってイスラエルは愛する長子であり、祝福を与えようとしていることは今も変わりません。「彼らは(…中略…)神に敵対している者ですが、選びによれば、先祖たちのゆえに、愛されている者なのです。神の賜物と召命は、取り消されることがないからです。」(ローマ11.28-29)もちろん、愛される子だからと言って正しいのではありません。それでも祝福の契約が取り消されたのでもありません。親は子どもが問題を起こしても愛します。嘆きつつ、悲しみつつ、傷つきつつ、それでも愛し、立ち直らせようとします。だから今も聖書はイスラエルのことを「あなたを祝福する者は祝福され、あなたをのろう者はのろわれる。」と言います。(民数記24.9)
モアブの王様バラクは「イスラエルを呪ってくれ」とバラムにお願いしましたが、神様の霊によってバラムはどうしても祝福してしまいます。神様がイスラエルを祝福しているからです。
"バラムが目を上げると、イスラエルがその部族ごとに宿っているのが見えた。すると、神の霊が彼の上に臨んだ。彼は、彼の詩のことばを口にして言った。「ベオルの子バラムの告げたことば。目の開かれた者の告げたことば。神の御告げを聞く者、全能者の幻を見る者、ひれ伏し、目の開かれた者の告げたことば。なんとすばらしいことよ。ヤコブよ、あなたの天幕は。イスラエルよ、あなたの住まいは。それは、広がる谷のよう、また川のほとりの園のようだ。主が植えたアロエのよう、また水辺の杉の木のようだ。その手桶からは水があふれ、種は豊かな水に潤う。王はアガグよりも高くなり、王国は高く上げられる。"民数記 24章2~7節
バラクは怒ります。イスラエルを嫌い、呪っているからです。
"バラクはバラムに対して怒りを燃やし、手を打ち鳴らした。バラクはバラムに言った。「私の敵に呪いをかけてもらうためにおまえを招いたのに、かえっておまえは三度までも彼らを祝福した。今、おまえは自分のところに引き下がれ。私は手厚くもてなすつもりでいたが、主がもう、そのもてなしを拒まれたのだ。」バラムはバラクに言った。「私は、あなたが遣わした使者たちにも、こう言ったではありませんか。『たとえバラクが私に銀や金で満ちた彼の家をくれても、主のことばに背くことは、良いことでも悪いことでも、私の心のままにすることはできません。主が告げられること、それを私は告げなければなりません。』"民数記 24章10~13節
神様からイスラエルへの祝福はイエス様を信じる僕らにも与えられています。神様の子どもとされた人は、イスラエルと同じアブラハムの子孫、祝福の子孫です。(ガラテヤ3.7)
"それは、アブラハムへの祝福がキリスト・イエスによって異邦人に及び、私たちが信仰によって約束の御霊を受けるようになるためでした。"ガラテヤ人への手紙 3章14節
神様が愛している人を祝福する人は神様に祝福されます。呪う人は神様に呪われます。イエス様を信じる人にしたことは「わたしにしたのです」とさえおっしゃいます。
"あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、それも最も小さい者たちの一人にしたことは、わたしにしたのです。"マタイの福音書 25章40節
イスラエルも、教会の人たちも「素敵な人たち」ではありません。問題があり、欠点があり罪がある弱く貧しい人たちです。それでも神様は教会を愛し、力と平安が注がれるように、祝福されるように願っておられます。だから僕らも祝福しましょう。祈るだけでなく、実際に時間を使い、力を使い、お金を使って祝福しましょう。神様が愛している人を愛することは神様の喜びです。「あなたを祝福する者は祝福され、あなたをのろう者はのろわれる。」(民数記24.9)
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