2026年4月6日月曜日

ローマ10.9-11.12

 ローマ10.9-11.12

イエス様の言葉を聞く→信じる→義(無罪)わかって救われる→希望が与えられる


イエス様の言葉を聞くといい循環しか生まれません。

聞いて信じることは希望を生みます。



"ですから、信仰は聞くことから始まります。聞くことは、キリストについてのことばを通して実現するのです。"

ローマ人への手紙 10章17節



逆に、聖書の言葉を聞かないと、赦しも救いも信じることができません。その先は暗闇と絶望です

聖書の言葉は僕らを義としてくれます。僕らは無罪、まっさらです。神様がそう言ってくださいます。福音を聞いて信じることは救いであり、喜びであり、希望です。



"人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。"

ローマ人への手紙 10章10節



しかも、この希望は僕らを絶対に失望させません。



"聖書はこう言っています。「この方に信頼する者は、だれも失望させられることがない。」"

ローマ人への手紙 10章11節



イエス様の言葉を聞く→信じる→義(無罪)わかって救われる→希望が与えられる


…素晴らしい循環ですが、聞いても信じない人はいます。

「鈍い心」や「閉ざされた耳」があります。

特にイスラエル民族がそうだ、と聖書は言います。

イスラエルは、神様が愛している選びの民ですが、彼らはイエス様に不従順で反抗しています。「ユダヤ人たちは、主であるイエスと預言者たちを殺し、私たちを迫害し、神に喜ばれることをせず、すべての人と対立しています。」(1テサロニケ2.15)それでも神様はイスラエルを愛し、手を差し伸べ続けています。



"そして、イスラエルのことをこう言っています。「わたしは終日、手を差し伸べた。不従順で反抗する民に対して。」"

ローマ人への手紙 10章21節



イスラエル人の多くが頑固になり、イエス様を拒否し、神様に喜ばれることをしてないのは事実です。

…ですが、それでも希望はあります。今、彼らがイエス様を拒否し頑固にされているのは、先にイスラエル人以外の異邦人(例えば日本人)がイエス様を信じて救われるためです。

そのために神様が「鈍い心と見ない目と聞かない耳を与えられた」と書いてあります。



"では、どうなのでしょうか。イスラエルは追い求めていたものを手に入れず、選ばれた者たちが手に入れました。ほかの者たちは頑なにされたのです。

「神は今日に至るまで、彼らに鈍い心と見ない目と聞かない耳を与えられた」と書いてあるとおりです。"

ローマ人への手紙 11章7~8節



聞いても頑固になる人はいます。それも神様のご支配の中です。ガンコな人を無理やり変えようとしても無理です。人の力で信じさせようとするのは傲慢です。なぜなら神様が「彼らに鈍い心と見ない目と聞かない耳を与えられた」からです。

でも、だからと言ってイスラエルが見捨てられているのではありません。

中には神様の恵みによって、イエス様を信じるようにされた人もたくさんいます。



"ですから、同じように今この時にも、恵みの選びによって残された者たちがいます。

恵みによるのであれば、もはや行いによるのではありません。そうでなければ、恵みが恵みでなくなります。"

ローマ人への手紙 11章5~6節



イエス様の言葉を聞く→信じる→義(無罪)わかって救われる→希望が与えられる


この循環に入るのは神様のおかげです。

人間の努力ではありません。神様の特別な選びであり、恵みです。感謝しましょう。今日もみことばを聞きましょう。読みましょう。希望が与えられます。ハレルヤ!

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