イエス様が十字架で死なれた時、2つのドアが開きました。
1つは天国のドア、そしてもう一つは墓のドアです。
1 天国のドア
その瞬間に、天国のドアが開きました。罪のある人間が神様に迎えられるようになりました。
神様が地上で作るようにおっしゃった幕屋とか神殿は天国の模型です。「天にあるものの写し」(ヘブル8.5、9.23)と言われています。
それは分厚いカーテン(幕)で仕切られ閉じられていました。
完全にきよい人でなければ、中に入って神様に近づくことができません。もし近づくなら殺されます。イエス様が十字架の上で僕らのために死なれた瞬間、僕らのすべての罪はきよめられました。その時、神殿の幕が裂けました。
"しかし、イエスは再び大声で叫んで霊を渡された。
すると見よ、神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた。"
マタイの福音書 27章50~51節
罪ある人がきよめられ、僕らは大胆に聖なる神様に近づけます。もうすでに始まっています。僕らのからだが「神の宮」と言われるほどです。
"兄弟たち。私たちはイエスの血によって大胆に聖所に入ることができます。"
ヘブル人への手紙 10章19節
"あなたがたは、自分が神の宮であり、神の御霊が自分のうちに住んでおられることを知らないのですか。"
コリント人への手紙 第一 3章16節
仕切りの幕は裂けました。ドアは開きました。僕らは神様との間に壁がありません。壁がないどころか、神様の御霊が僕らの中に住んでくれてます。一体です。僕らはもうすでに神様に大胆に近づき、交わり、また満たされています。
2 墓のドア
イエス様が復活された時、墓のドアが開きました。
"墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる人々のからだが生き返った。
彼らはイエスの復活の後で、墓から出て来て聖なる都に入り、多くの人に現れた。"
マタイの福音書 27章52~53節
僕ら全員「墓」に向かっています。当たり前ですが、「死」が来ると人生終わります。誰もそれに勝てません。「墓」は無期懲役の牢屋のようで絶対出てくることはできません。「死」は逆らえない王様、「墓」は永遠の監獄みたいでした。
ところが、イエス様が死んで復活されたとき、「墓」は開いて、多くの人たちが解放され、復活して出てきました。イエス様は復活の「初穂」です。あの時多くの人が復活したのは、僕らのお手本です。
僕らはもう「墓」に向かっていません。墓に入るけど一時滞在です。永遠の牢屋ではありません。もう「死」は王様ではありません。
2つのドアが開きました。僕らは自由になりました。すでに神様と交わっています。そして、死を恐れる必要もなくなりました。僕らはすでに解放されました。
僕らはもう自由です。向かう先は墓ではなく、神様の栄光の御座です。ハレルヤ!
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