神様は天から人間全員に一度に大きな声で語りかけることができます。…だのに、あえて弱い使徒たちを選び、彼ら通してメッセージを伝えます。イエス様「だけ」でもできるのですが、聖書全体によると人間は神様の素晴らしさを表すために造られていることがわかります。もともと、神様は交わり、愛し合う方です。孤独な方ではありません。そして人間もまた「一人でいるのは良くない」と言われています。12使徒はイエス様から選ばれて権威を預けられた人たちです。人々に福音を伝え、神様の国が近いことを伝え、助けることは使徒たちとイエス様の共同でなされます。
(1節)
イエスは十二弟子を呼び寄せて、汚れた霊どもを制する権威をお授けになった。霊どもを追い出し、あらゆる病気、あらゆるわずらいを直すためであった。
(7-8節)
行って、『天の御国が近づいた。』と宣べ伝えなさい。病人を直し、死人を生き返らせ、らい病人をきよめ、悪霊を追い出しなさい。
イエス様はご自分が行われたことをそっくり行うように使徒たちに命じられています。しかも、「天の御国が近づいた」と伝えることと、病気の人たちを癒し悪霊を追い出して助ける力を両方預けられました。イエス様は一人で仕事をする方ではなく、使徒たちと一緒に働いてくださる方です。神様の御国とは、神様の愛と恵みの世界です。それが現れるように使徒たちにも病気が癒され、悪霊を追い出す力が与えられました。この天の御国のメッセージはまずイスラエル人たちに与えられるものでした。
(5-6節)
イエスは、この十二人を遣わし、そのとき彼らにこう命じられた。「異邦人の道に行ってはいけません。サマリヤ人の町にはいってはいけません。イスラエルの家の滅びた羊のところに行きなさい。
羊は飼い主のところにいないと死んでしまうそうです。そのように、イスラエルは神様の大切な人々なのに離れて滅んでいく羊のようです。イエス様はまず12使徒をイスラエルに遣わしました。
任された使徒たちにとっては全てがはじめての経験です。「はじめてのおつかい」みたいです。福音を伝えるのは、全部が神様からの力です。だから「タダで与えなさい」と言われました。生活の不安があるかもしれませんが、イエス様が全てを保証してくださいます。福音も癒しも悪霊を追い出すことも完全無料です。それは神様が全て無料で与えてくださるものだからです。使徒たちは与えなさい、と言われています。でも、使徒たちの生活もまた保証されています。お金がなくても、旅に必要な食べ物も宿も与えられます。
(8-11節)
あなたがたは、ただで受けたのだから、ただで与えなさい。胴巻きに金貨や銀貨や銅貨を入れてはいけません。旅行用の袋も、二枚目の下着も、くつも、杖も持たずに行きなさい。働く者が食べ物を与えられるのは当然だからです。どんな町や村にはいっても、そこでだれが適当な人かを調べて、そこを立ち去るまで、その人のところにとどまりなさい。
使徒たちに衣食住が与えられるのは当然だとイエス様はおっしゃいました。今もみことばや祈りに専念する奉仕者の生活は支えられなければなりません。イエス様はその町のふさわしい人にお世話になるようにとおっしゃいました。今も牧師や宣教師は教会がその生活を支えます。これは聖書で何度も繰り返されている原則です。
(1コリント 9:7)
いったい自分の費用で兵士になる者がいるでしょうか。自分でぶどう園を造りながら、その実を食べない者がいるでしょうか。羊の群れを飼いながら、その乳を飲まない者がいるでしょうか。
(1コリント 9:14)
同じように、主も、福音を宣べ伝える者が、福音の働きから生活のささえを得るように定めておられます。
(1テモテ 5:17-18)
よく指導の任に当たっている長老は、二重に尊敬(報酬)を受けるにふさわしいとしなさい。みことばと教えのためにほねおっている長老は特にそうです。聖書に「穀物をこなしている牛に、くつこを掛けてはいけない。」また、「働き手が報酬を受けることは当然である。」と言われているからです。
12使徒だけが福音を預かったのではなく、クリスチャンはみんな神様から福音を預かり、イエス様からの役目を果たすように召されています。だのに、僕らは神様に従うことより収入のことや生活のことを先に心配してしまいがちです。神様に従い、神様にささげて貧しくなる人はいません。聖書は言います。
(マラキ 3:10)
十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、わたしの家の食物とせよ。こうしてわたしをためしてみよ。
―万軍の主は仰せられる。―わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。
僕らも福音を預かっています。タダで与えるようにと言われてます。全ては神様から与えられたものです。イエス様の御国を伝え、隣人を愛し、癒し、悪霊が出て行くように祈ることは全部イエス様によります。イエス様こそ、あらゆる霊の力よりはるかに力ある方です。「あなたがたのうちにおられる方が、この世のうちにいる、あの者よりも力があるからです。」(1ヨハネ4.4)
僕らがイエス様の力によって、今日も福音を伝え、隣人を愛し助けて行きますように。僕らの全てはイエス様のものです。イエス様は僕らに多くのことを預けて、一緒に仕事をしたいと願っておられます。イエス様の願いは、僕らを通して実現していきます。僕らが神様を愛し、隣人を愛していくことは、イエス様との共同作業です。素晴らしい作業です!
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