1サムエル11章
ビビリで弱虫なサウルが、敵がイスラエルを襲うことを聞いたとき、全く別人のようになりました。「神の霊がサウルの上に激しく下った」からです。(6)彼はまるで神様ご自身のように怒り、指導力を発揮し、あっという間に勝利します。
(2節から6節)
2,アンモン人ナハシュは彼らに言った。「次の条件でおまえたちと契約を結ぼう。おまえたち皆の者の右の目をえぐり取ることだ。それをもってイスラエル全体に恥辱を負わせよう。」
3,ヤベシュの長老たちは彼に言った。「イスラエルの国中に使者を遣わすため、七日の猶予を与えてください。もし、私たちを救う者がいなければ、あなたのところに出て行きます。」
4,使者たちはサウルのギブアに来て、これらのことばを民の耳に語った。民はみな、声をあげて泣いた。
5,ちょうどそのとき、サウルが牛を追って畑から帰って来た。サウルは言った。「民が泣いているが、いったい何が起こったのか。」彼らは、ヤベシュの人々のことばを彼に告げた。
6,サウルがこれらのことばを聞いたとき、神の霊がサウルの上に激しく下った。彼の怒りは激しく燃え上がった。
何も知らずに静かに農作業していたはずのサウルは敵の攻撃を聞いたとき、突然、聖霊に満たされます。彼はそこにいた自分の牛を切り裂き、イスラエル中に送り「サウルとサムエルに従って出て来ない者の牛は、このようにされる」と兵士を緊急招集して33万人を集めて、次の日には勝利します。
(7節から8節)
彼は一くびきの牛を取り、それを切り分け、使者に託してイスラエルの国中に送り、「サウルとサムエルに従って出て来ない者の牛は、このようにされる」と言った。主の恐れが民に下って、彼らは一斉に出て来た。
サウルはベゼクで彼らを数えた。すると、イスラエルの人々は三十万人、ユダの人々は三万人であった。
(11節)
翌日、サウルは兵を三組に分け、夜明けの見張りの時に陣営に突入し、昼までアンモン人を討った。生き残った者は散り散りになり、二人の者がともにいることはなかった。
旧約聖書の時代、神様は特別に王様や祭司などを選び、聖霊で満たし、神様の御心を行わせました。満たされる人は特別な人限定でした。ところが今の時代、なんと僕ら全員に同じ聖霊が与えられています。サウルと同じように、僕らも神様の願いを自分のものとするようになります。これは僕らの力とか努力ではありません。サウルは別人になり、自分でも驚いたと思います。同じように僕らも新しくされます。僕らにも同じようにキリストの御霊が住んでおられます。「もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2.20)
聖霊に満たされた人には恐れがありません。神様の言葉を語り、神様の御心を行動で表します。「御霊が語らせるままに、他国のいろいろなことばで話し始めた。」(使徒2.4)「一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語り出した。」(使徒4.31)「パウロは、聖霊に満たされ、彼をにらみつけて、こう言った。『ああ、あらゆる偽りとあらゆる悪事に満ちた者、悪魔の子、すべての正義の敵、おまえは、主のまっすぐな道を曲げることをやめないのか。』(使徒13.9-10)聖霊に満たされた時には恐れがありません。
しかも、「御霊に満たされなさい。」とは神様の命令です。(エペソ5.18)これは繰り返し、いつも満たされ続けなさい、という命令です。そして同時に受け身です。満たされることを願い求めますが、満たしてくださるのは神様です。自分を明け渡し、御霊に満たされることを求めるならば必ず与えられます。そして僕らは変わります。キレイな水でいっぱいにするには汚水をまず捨てる必要があるのと同じように、まずは自分の思いは捨てちゃいましょう。聖霊は僕らを満たし用いたいと思っておられます。「神の聖霊を悲しませてはいけません。(…中略…)無慈悲、憤り、怒り、怒号、ののしりなどを、一切の悪意とともに、すべて捨て去りなさい。」(エペソ4.30-31)今日も求めましょう。御霊の満たしを求めましょう。僕らの体に聖霊が宿り、この体を宮として、キリストの体の一部として用いていただくことを求めましょう。そこに恐れはありません。神様の御心だけがなります。ハレルヤ!
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