1列王18.1-24
豊かな産物と安全が保障された「乳と蜜の流れる地」のイスラエルが食糧危機に見舞われた理由はシンプルです。神様に従わず、神様を捨てて偶像を選んだからです。本来、神様の前には平安と喜びと祝福が満ちています。その神様から離れることは自分から祝福を捨てて、苦しみと呪いの中に身を置くことです。
今も、あらゆる苦しみのもとの原因は神様から離れることです。最初にアダムとエバが神様に背いた時から同じです。背いた彼らに神様は「大地は、あなたのゆえにのろわれる。あなたは一生の間、苦しんでそこから食を得ることになる。」と言われました。(創世記3.17)それでも神様は僕らを見放していません。もう一度世界を回復させ祝福しようと願っておられます。
水不足に苦しむアハブ王はこのわざわいを預言者エリヤのせいにしました。一方エリヤは飢饉の原因は「あなたがたは主の命令を捨て、あなたはバアルの神々に従っている」からだ、とハッキリ伝えます。
"アハブがエリヤを見るやいなや、アハブは彼に言った。「おまえか、イスラエルにわざわいをもたらす者は。」
エリヤは言った。「私はイスラエルにわざわいをもたらしてはいない。あなたとあなたの父の家こそ、そうだ。現に、あなたがたは主の命令を捨て、あなたはバアルの神々に従っている。"
列王記 第一 18章17~18節
悔い改めて神様の元に戻ることは平安と祝福を取り戻すことです。神様はイスラエルにもう一度雨を与えてくださいます。そのプロセスは悔い改めて罪を捨てることです。
"かなりの日数を経て、三年目に、次のような主のことばがエリヤにあった。「アハブに会いに行け。わたしはこの地の上に雨を降らせよう。」"
列王記 第一 18章1節
雨が降るのは本当の神様に戻った時です。預言者エリヤは全国民に悔い改めを迫ります。
"エリヤは皆の前に進み出て言った。「おまえたちは、いつまで、どっちつかずによろめいているのか。もし主が神であれば、主に従い、もしバアルが神であれば、バアルに従え。」しかし、民は一言も彼に答えなかった。"
列王記 第一 18章21節
神様は天から火を降らせ、ハッキリとしるしを与えてくださり、人々に本当の神様はバアルではなく、アシュラでもないことを分からせてくださいました。人々は主を恐れ、平伏して告白します。
"すると、主の火が降り、全焼のささげ物と薪と石と土を焼き尽くし、溝の水もなめ尽くした。
民はみな、これを見てひれ伏し、「主こそ神です。主こそ神です」と言った。"
列王記 第一 18章38~39節
神様の前には平安と喜びと祝福が満ちています。回復のプロセスは、悔い改めて神様に戻ることです。僕らも何かがおかしい、どうして?と感じるなら、優先順位を点検すべき時です。主こそ神です。他に神様はありません。神様以外に求めていたことを認め告白し、神様だけを礼拝しましょう。回復のプロセスは悔い改めです。大丈夫です。神様の前には喜びと癒しがあります。ハレルヤ!
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