1列王2013-43
力がないはずなのに、弱いはずなのに、神様が勝利させてくれたり、成功させてくれることがあります。その目的は僕らが「主を知るため」(13、28)です。僕らは神様体験をすることでますます神様を信頼し、賛美し、主の心と1つとなっていきます。アハブ王は偶像礼拝者だけど、それでも神様は助け出してくれます。彼が主を知るためにです。
世界最強のアラムの王ベン・ハダドと連合軍が攻めてきたとき、神様はアハブ王におっしゃいます。
"ちょうどそのころ、一人の預言者がイスラエルの王アハブに近づいて言った。「主はこう言われる。『あなたは、この大いなる軍勢を見たか。見よ、わたしは今日、これをあなたの手に引き渡す。こうしてあなたは、わたしこそ主であることを知る。』」"
列王記 第一 20章13節
神様がおっしゃった通り、イスラエルは敵に勝利することができました。けれども、神様に感謝することも賛美することも悔い改めて神様に戻ることもなかったようです。次の年、敵はもう一度復讐しにやってきます。アラムの全軍がイスラエルを攻めてきて、その軍勢は「その地に満ちていた」とあります。それに比べるとイスラエルは「小さなやぎの群れのよう」です。(27)どう見ても勝てるはずがありません。
"一方、イスラエル人も召集され、食糧を受けて、彼らを迎え撃つために出て行った。イスラエル人は彼らと向かい合って、二つの小さなやぎの群れのように陣を敷いたが、アラム人はその地に満ちていた。"
列王記 第一 20章27節
それでも神様はイスラエルに勝利させてくれます。人の力とか計画とか戦略にはよりません。ただ神様の力と愛とめぐみです。逃げた敵の上には城壁が崩れて二万七千人が死にます。
"ときに、一人の神の人が近づいて来て、イスラエルの王に言った。「主はこう言われる。『アラム人が、主は山の神であって低地の神ではない、と言っているので、わたしはこの大いなる軍勢をすべてあなたの手に渡す。そうしてあなたがたは、わたしこそ主であることを知る。』」
両軍は互いに向かい合って、七日間、陣を敷いていた。七日目になって戦いに臨んだが、イスラエル人は一日のうちにアラムの歩兵十万人を打ち殺した。
生き残った者たちはアフェクの町に逃げたが、その生き残った二万七千人の上に城壁が崩れ落ちた。ベン・ハダドは逃げて町に入り、奥の間に入った。"
列王記 第一 20章28~30節
偶像礼拝をして神様を怒らせ悲しませてきたアハブ王でさえ守られ敵に勝てたのは神様に戻るためでした。「わたしはこの大いなる軍勢をすべてあなたの手に渡す。そうしてあなたがたは、わたしこそ主であることを知る。」と言われた通りになりました。(28)本当はここでアハブ王は神様に感謝を捧げて、偶像を捨てて、悔い改めて、神様と1つになるべきでした。
ところが、それでもアハブは神様に感謝せず従わず、敵の王様ベン・ハダドと契約を結び「彼は私の兄弟だ。」と言ます。(32)契約を結んで仲良くなろうとする相手は、暗闇の勢力です。神様は悲しみ、怒る神様です。
"ベン・ハダドは彼に言った。「私の父が、あなたの父上から奪い取った町々をお返しします。あなたは私の父がサマリアにしたように、ダマスコに市場を設けることもできます。」「では、契約を結んで、あなたを帰そう。」こうして、アハブは彼と契約を結び、彼を去らせた。"
列王記 第一 20章34節
イスラエルを守り勝利させてくださる理由は、彼らが神様一筋になるためです。こんなによくしてくれたのに、それでも彼らは神様に栄光をささげず、感謝せず、むしろ逆のことをします。神様が「交わってはならない」と言われる人たちと関係を続けます。こうしてアハブは、神様の憐れみと回復を自分の手で捨て去ってしまいます。預言者から神様の裁きのメッセージを聞くと、彼はただ不機嫌になって怒るだけでした。
"彼は王に言った。「主はこう言われる。『わたしが聖絶しようとした者をあなたが逃がしたので、あなたのいのちは彼のいのちの代わりとなり、あなたの民は彼の民の代わりとなる。』」
イスラエルの王は不機嫌になり、激しく怒って自分の宮殿に戻って行き、サマリアに着いた。"
列王記 第一 20章42-43節
僕らも他人事ではありません。こんなに良いことをしてもらっているのに感謝を忘れ、神様のメッセージにが気に入らないと不機嫌になる僕らです。
神様は僕らにたくさんの良いものを与えてくださっています。
神様の願いは僕らが神様を知り、神様に栄光を捧げ、悔い改めて神様一筋になることです。
もう一度、主が良くしてくださったことを一つ一つ数えましょう。自分を捨てて、悔い改めて、神様一筋に戻りましょう。力がないはずなのに、弱いはずなのに、神様が勝利させてくれて、成功させてくれています。目的は僕らが「主を知るため」です。ハレルヤ!
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