1列王21.1-16
「偽りの証言」は命を奪います。聖書の時代、裁判は証言によって行われました。たとえそれが偽りであっても、複数人の証言が一致すれば有罪です。人間のことばは人を生かしもすれば、殺しもします。それは今も同じで「根拠のない噂や記事」は相手の社会的立場、そして命そのものを破壊する兵器のようになることがあります。僕らの言葉は人の命に関わります。悪魔はウソの証言で相手の人生を破壊しようとします。
ナボテという人は神様に誠実でした。ある日、王様が「おまえのぶどう畑を私に譲ってもらいたい。あれは私の宮殿のすぐ隣にあるので、私の野菜畑にしたいのだが。その代わりに、あれよりもっと良いぶどう畑を与えよう。もしおまえが良いと思うなら、それ相当の代価を銀で支払おう。」と要求します。
ところが、神様は「イスラエルの子らは、それぞれその父祖の部族の相続地を堅く守らなければならない」(民数記36.7)とおっしゃってます。それを知っているナボテは「私の先祖のゆずりの地をあなたに譲るなど、主にかけてあり得ないことです。」と断ります。(3)怒ったアハブ王はまるで子どものようです。「アハブは不機嫌になり、激しく怒って自分の宮殿に入った。…アハブは寝台に横になり、顔を背けて食事もしようとしなかった。」(4)
アハブの妻のイゼベルは主を嫌い、今まで何百人も主の預言者を殺してきた人です。今回も神様に誠実なナボテを憎み、殺します。殺す方法は「偽証」です。
"彼女はアハブの名で手紙を書き、彼の印で封印し、ナボテの町に住む長老たちとおもだった人々にその手紙を送った。
彼女は手紙にこう書いた。「断食を布告し、ナボテを民の前に引き出して座らせ、
彼の前に二人のよこしまな者を座らせて、彼らに『おまえは神と王を呪った』と証言させなさい。そして、彼を外に引き出し、石打ちにして殺しなさい。」"
列王記 第一 21章8~10節
その町の長老たちは彼女の言いなりです。まともでない人を金で雇い、偽証させます。町中の人はそれに乗っかり、彼を町の外に引き出して石打ちで殺しました。ナボテには真実を語る機会は与えられませんでした。ただ憎まれ、ウソを利用した人、そしてウソを信じた人々に殺されました。
言葉は人を殺します。ナボテがただ黙って殺された姿はイエス様と同じです。「ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。」(1ペテロ2.23)イエス様はめちゃくちゃなウワサで中傷されました。『見ろ、大食いの大酒飲み、取税人や罪人の仲間だ』(マタイ11.19)「悪霊につかれている」(ヨハネ8.48)などです。
もし、僕らが偽りの中傷で苦しむことがあれば、イエス様は共感してくだいます。イエス様はただ沈黙され、十字架まで従われました。(イザヤ53章)
そして、神様が正しく裁き復讐してくださいます。
だから中傷される時、変な噂が流れる時、裁きは神様にお任せしましょう。自分で復讐しようとせず、「神様は真実を知っておられる」と信頼して手放しましょう。
ナボテは殺されましたが、神様はアハブに『犬たちがナボテの血をなめた、その場所で、その犬たちがあなたの血をなめる。』(19)と言い、イゼベルに『犬がイズレエルの領地でイゼベルを食らう。』と言われ、その通りに彼らは裁かれました。
人間のことばは人を生かしもすれば、殺しもします。だから「偽りのうわさを口にしてはならない。悪者と組んで、悪意のある証人となってはならない。」と神様は言われます。(出エジプト記23章1-2節)
「偽りの証人は罰を免れない。まやかしを吹聴する者も逃れられない。」(箴言 19章5節)「主ご自身が忌み嫌うものが七つある。…まやかしを吹聴する偽りの証人、兄弟の間に争いを引き起こす者。」(箴言 6章16-19節)
「あの人は罪を犯してるらしい」「あの夫婦は離婚寸前」「牧師が誰かと関係を持ってる」など、ウワサにせず、もし必要なら本人に確認しましょう。偽りのウワサによって人生は破壊され教会は壊されます。だから「悪いことばを、いっさい口から出してはいけません。むしろ、必要なときに、人の成長に役立つことばを語り、聞く人に恵みを与えなさい。」と聖書は言います。(エペソ4.29) ネットでも日常でも、「恵みを与える言葉」を選び、使うのが御霊です。人を傷つける言葉を使うのは悪魔であり、肉の欲です。
0 件のコメント:
コメントを投稿