詩篇80篇
人生苦しいこと、悲しいこといろいろあるけど、その一つ一つを取り去ろうとしても終わりません。それらの問題の一つ一つは根から出る悪い実のようで、問題は実は根っこにあります。それは僕らが神様から愛され、喜ばれ、守られ、祝福されているという神様からの視線を受けられなくなっていることです。
子どもは愛され応援され安心しているときに力を発揮します。失敗を恐れないでのびのびと動きます。でも、無視され、嫌われていると感じるなら、不安で怖くて体は動かなくなり、そこから出る悪い実のような結果を生み出してしまいます。
回復のために一番必要なのは、神様から愛と平安と祝福の御顔を向けてもらい、それを受け取ることです
"神よ私たちを元に戻し御顔を照り輝かせてください。そうすれば私たちは救われます。"
詩篇 80篇3節
イスラエルは神様の子どもでありながら、自分から神様を拒絶し悲しませ、神様の愛の御顔を遮ってしまいました。神様からの光や祝福を自分から拒み、その結果、彼らは外国に攻撃され、搾取され、ボロボロにされています。
"あなたは私たちを隣人らの争いの的とし私たちの敵は私たちを嘲っています。"
詩篇 80篇6節
"なぜあなたはその石垣を破り道を行くすべての者がその実を摘み取るままにされるのですか。
林の猪はこれを食い荒らし野に群がるものもこれを食らっています。
万軍の神よどうか帰って来てください。天から目を注ぎご覧になってください。このぶどうの木を顧みてください。
あなたの右の手が植えた苗とご自分のために強くされた枝とを。
それは火で焼かれ切り倒されています。民は御顔のとがめによって滅びています。"
詩篇 80篇12~16節
問題の一つ一つを解決するよりも、問題の根を取り除くことが大事です。それはもう一度神様のあの喜びの御顔を向けてもらうことです。詩篇80篇は何度もそのフレーズを繰り返します。
"万軍の神よ私たちを元に戻し御顔を照り輝かせてください。そうすれば私たちは救われます。"
詩篇 80篇7節
"万軍の神主よ私たちを元に戻し御顔を照り輝かせてください。そうすれば私たちは救われます。"
詩篇 80篇19節
教会が何千年も大事にしてきた祈りは、あの優しい愛と祝福と恵と平安に満ちた力に満ちた神様の御顔を求める祈りです。神様に喜ばれ、愛され、祝福されてさえいれば僕らは力を得ます。
"主があなたを祝福し、あなたを守られますように。
主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。
主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。』"
民数記 6章24~26節
問題が問題なのではなく、神様の優しい喜びの視線を受けられなくなってしまった罪が問題です。罪があると僕らは神様を避けたがります。
それでも神様は諦めていません。イエス様が十字架で流された血潮は、僕らのすべての罪を赦し、もう一度喜びの子、愛する子と呼んでくださり、祝福の御顔を向けてくださっています。僕らはイエス様ゆえに愛されています。あの血によって神様の愛と祝福の視線が注がれています。大丈夫です。今日も僕らは神様の喜びの子、愛する子です。恐れる必要はありません。ハレルヤ!
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