ローマ15.25-33
以前はだいぶ「イチイチ共有するのめんどくさい。」「1人で祈って1人で進みたい。」と思ってたけど、神様の願いは違いました。
神様のやり方は、神様の願いと計画をみんなで共有して祈り、みんなが自分のこととして参加していくことです。それが教会=キリストの体です。
タイパよりも兄弟姉妹が1つになり、心を合わせて一緒に悩みながら、祈りながら進むことが神様の方法です。
「エルサレムで苦しんでいるクリスチャンたちを助けたい」という気持ちがマケドニア(ピリピの教会とかテサロニケの教会など)とアカイヤ(コリントの教会など)の人たちに与えられました。違う教会なのに同じ願いが与えられました。さらにこの計画は、課題や問題も共有しながら心を合わせて神様に祈っていく中で実現していきます。
"それは、マケドニアとアカイアの人々が、エルサレムの聖徒たちの中の貧しい人たちのために、喜んで援助をすることにしたからです。
彼らは喜んでそうすることにしたのですが、聖徒たちに対してそうする義務もあります。異邦人は彼らの霊的なものにあずかったのですから、物質的なもので彼らに奉仕すべきです。"
ローマ人への手紙 15章26~27節
キリストがなさること=教会がすることです。問題や課題はみんなのものとなり、それは祈りになり、祈りは行動になります。
パウロは代表者としてエルサレムに行くのですが、エルサレムでの迫害は激しいことがわかっています。必要なのはみんなの祈りです。彼は「私のために、私とともに力を尽くして、神に祈ってください。」(30)とお願いしています。神様の働きは教会の祈りとセットです。
"兄弟たち。私たちの主イエス・キリストによって、また、御霊の愛によってお願いします。私のために、私とともに力を尽くして、神に祈ってください。
私がユダヤにいる不信仰な人々から救い出され、エルサレムに対する私の奉仕が聖徒たちに受け入れられるように、
また、神のみこころにより、喜びをもってあなたがたのところに行き、あなたがたとともに、憩いを得ることができるように、祈ってください。
どうか、平和の神が、あなたがたすべてとともにいてくださいますように。アーメン。"
ローマ人への手紙 15章30~33節
イエス様もおっしゃいます。「こう祈りなさい(…中略…)御心が天で行われるように、地でも行われるように」と。神様の働きは祈りとセットです。しかも一人ぼっちの祈りではなく、「あなたがたのうちの二人が、どんなことでも地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父はそれをかなえてくださいます。」とおっしゃいます。(マタイ18.19)
僕はいまだにせっかちで「面倒だからさっさと進めてしまいたい」とも思います。でも、神様の願いは効率とか速さではなく、神様の願いと僕らの祈りが一つになっていくことです。だから小さいことでも教会の仲間に知ってもらい祈ってもらいましょう。そして兄弟姉妹たちの為に祈りましょう。どんな小さなことでもまず祈りましょう。
祈りは神様の大きな働きに参加することです。
"まことに、もう一度あなたがたに言います。あなたがたのうちの二人が、どんなことでも地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父はそれをかなえてくださいます。"
マタイの福音書 18章19節
心を合わせて祈るとき、そこにイエス様が一緒におられます。
"二人か三人がわたしの名において集まっているところには、わたしもその中にいるのです。」"
マタイの福音書 18章20節
今日も祈ってもらいましょう。そして、祈りましょう。そこにイエス様がおられます。ハレルヤ!
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