イエス様は世界の王です。やがて再びこの地上に来られると聖書は繰り返します。(マルコ13.26,ヘブル9.28,2テサ2.1,1コリント4.5など多数)イエス様が地上に来られる時には王として正しい裁きをなし、世界を支配し、全ての人はイエス様にひざまずきます。まだ来られていないイエス様ですが、僕らクリスチャンはすでにイエス様を王様として迎え、聞き従っています。そこには喜びがあります。
同じように、ダビデが正式に王様になる前から忠誠を尽くした人たちのことが聖書に書かれています。イスラエル全国からヘブロンにいるダビデの元に代表者たちや勇士たちが集まり、ダビデを王様にしようと動き出しました。彼らは主のことばの通りになることを知っていた人たちです。彼らは喜んで集まっていることがわかります。
(23-26)
主のことばのとおりにサウルの支配をダビデに移すために、ヘブロンにいるダビデのもとに来た武装した者のかしらの数は次のとおりである。ユダ族で、大盾と槍を手にして武装した者六千八百人。シメオン族からは、戦に出る勇士七千百人。レビ族からは四千六百人。
今までサウルに忠誠を尽くしてきた人たちでさえ、ダビデが王となることを知ってダビデのところにやってきます。
(29)
サウルの同胞ベニヤミン族からは三千人。その大多数は、それまでサウルの家を守り続けてきた。
聖書はダビデに忠誠を誓う人たちのことを「時を悟り、イスラエルが何をなすべきかを知っていた」と表現します。
(32)
イッサカル族からは、時を悟り、イスラエルが何をなすべきかを知っていた、かしら二百人。その同胞はみな彼らの命令に従った。
ゼブルン族の人たちはダビデを王様とすることで「心が一つに」なっていました。他にも「全き心で」ダビデの元に集まってきた人たちのことが書かれています。
(33)
ゼブルンからは、完全に武装して戦いの備えをして従軍していた者五万人。彼らは心を一つにして集まった。
(38)
これらすべての、戦いに備えて集まった戦士たちは、ダビデを全イスラエルの王にしようと、全き心でヘブロンに来た。イスラエルの残りの者たちも、ダビデを王にすることで心が一つになっていた。
二心の時には喜びがありません。でも、神様のことばを信じて一つの心となる時には喜びがあります。ダビデを王様にする人たちには喜びがありました。この時集まった人たちを合計すると30万人にもなりました。しかも、近隣の人たちは遠くからきた人たちを歓迎し、彼らに食事を提供しました。喜びがあるときにはどんなに犠牲を払っても苦にはなりません。聖書はこれだけの人たちを歓迎し飲み食いすることを「イスラエルに喜びがあった」と書いています。
(39-40)
彼らはダビデとともに三日間そこにとどまり、食べたり飲んだりした。彼らの兄弟たちが彼らのために用意したのである。
彼らに近い者たちも、イッサカル、ゼブルン、ナフタリに至るまで、ろば、らくだ、らば、牛に載せて食べ物を運んで来た。小麦粉の菓子、干しいちじく、干しぶどう、ぶどう酒、油、牛、羊などが数多くあった。イスラエルに喜びがあったからである。
僕らの王はイエス様です。将来地上に来られますが僕らはすでにイエス様を王として従っています。そこには喜びがあります。ダビデはイエス様の姿を表しているかのようです。二心でなく、イエス様だけで生きましょう。イエス様は王として支配されます。もうそれが始まっています。ハレルヤ!
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