2023年2月6日月曜日

マタイ4.12-25

 神様から離れることは命から離れることです神様から離れることは光から離れて闇に向かうかのようです逆に、イエス様に向かう人は命に向かう人、光に向かう人のようです。闇と死に向かっていた僕らでしたが、光であり命であるイエス様が僕らのところに迎えに来てくださいました。


(16節)

 闇の中に住んでいた民は大きな光を見る。死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が昇る。」


僕らはこの世界で光を手に入れようとして、才能を求め、美しさを求め、お金や地位を求めます。友達を求めるかもしれません。それらは良いものですが、神様から離れるならそれらが人を助けることはなく、ただ死んで行きます。そんな僕らのためにイエス様は来てくださいました。イエス様こそ光であり命です


(ヨハネ 8:12)

イエスはまた彼らに語って言われた。「わたしは、世の光ですわたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」


イエス様は「方向転換をしなさい」と言われます。「御国」とは神様のご支配、という意味ですそれは命と愛と恵みの支配です完全に良い方が僕らをご支配してくださる世界が近づきました。だから方向を変えなさい、とイエス様は言われます。


(17節)

この時からイエスは宣教を開始し、「悔い改め(方向転換)なさい。天の御国(神様のご支配)が近づいたから」と言われた。


最初にイエス様の弟子になった人たちは漁師でした。魚は捕らえられて死に、食べられます。弟子たちは魚ではなく、人間をとって、殺すのではなく逆に命と祝福を与える仕事に選ばれました。


(18-22節)

 18イエスはガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペテロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが、湖で網を打っているのをご覧になった。彼らは漁師であった。19イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう。」20彼らはすぐに網を捨ててイエスに従った。21イエスはそこから進んで行き、別の二人の兄弟、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、父ゼベダイと一緒に舟の中で網を繕っているのを見ると、二人をお呼びになった。22彼らはすぐに舟と父親を残してイエスに従った。


彼らは大事な舟も家族も捨ててイエス様に従いました。イエス様に選ばれ、従うことはどんなことよりも価値があります。イエス様を心で信じるだけなら悪魔でもやってます。(ヤコブ2.19)弟子たちは従うことを選びました。信じることと行動することはセットです大事な仕事や家族を手放しても、永遠のいのちのために従うなら祝福されます。イエス様はおっしゃいます。


(マルコ 10:29-30)

イエスは言われた。「まことに、あなたがたに告げます。わたしのために、また福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子、畑を捨てた者で、その百倍を受けない者はありません。


天の御国はいのちの支配ですイエス様はこれを伝えて巡回されました。単なる教えと違います。イエス様は人々を癒されました。これは天のみ国が人々をいやそうとなさっていることの現れでした


(23-25節)

23イエスはガリラヤ全域を巡って会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、民の中のあらゆる病、あらゆるわずらいを癒やされた。24イエスの評判はシリア全域に広まった。それで人々は様々な病や痛みに苦しむ人、悪霊につかれた人、てんかんの人、中風の人など病人たちをみな、みもとに連れて来た。イエスは彼らを癒やされた。


神様の願いはあらゆる悲しみが消え去る世界ですもともと神様がお造りになった世界には悲しみも叫びもありませんでした。(創世記1章、2章)イエス様はそれを回復させようとなさいます。


神様は僕らの信仰だけに興味があるのではなく、僕らの健康も、生活も、すべてに関心を持ってくださり、回復しようとしてくださる方です。「人々は様々な病や痛みに苦しむ人、悪霊につかれた人、てんかんの人、中風の人など病人たちをみな、みもとに連れて来た。イエスは彼らを癒やされた。」とあります。


僕らはイエス様の体の器官とされました。今日もイエス様は生きて働いておられます。そしてイエス様の体に繋がる僕らも用いられます。闇と死に向かっている人々がいのちに方向転換し、生かされるために僕らは用いられます。僕らは聖書を教え伝えるだけでなく、人々が癒されるために祈り、イエス様のみもとに導く役目があります。神様の願いは信仰だけでなく、生活全部の癒しです


(3ヨハネ 1:2)

愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。


イエス様こそ命であり光ですこの方のなさることを伝えましょう。イエス様がなさることはその手足である教会がすることです教えることも、福音を伝えることも、人々を癒すことも僕ら教会がします。


(23-24節)

23イエスはガリラヤ全域を巡って会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、民の中のあらゆる病、あらゆるわずらいを癒やされた。24イエスの評判はシリア全域に広まった。それで人々は様々な病や痛みに苦しむ人、悪霊につかれた人、てんかんの人、中風の人など病人たちをみな、みもとに連れて来た。イエスは彼らを癒やされた。


今日も僕らが用いられますように。すべてを手放してイエス様に従う喜びが僕らの中にますます強められますように。そこに命がありますように!ハレルヤ!

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