エレミヤ45章
期待が大きいほど、それが叶わなかったときの落胆は大きいようです。愛すれば愛するほど、それが取り去られた時の悲しみは大きくなります。
僕らが何かを愛し、手に入れたと思っても、それは神様が与えてくださったことです。目の前にあるものは全部そうです。そしてそれはいつか取り去られる日が来ます。
預言者エレミヤと一緒に神様の言葉を記録したバルクは、愛するエルサレムが滅びることを聞いて悲しみ嘆きました。ここは自分が活躍した場所でした。神様は「自分が建てたものを自分で壊し」とおっしゃいます。(4)その権威は神様だけにあります。
"「バルクよ、イスラエルの神、主は、あなたについてこう言われる。
『あなたは言った。ああ、私はわざわいだ。主は私の痛みに悲しみを加えられた。私は嘆きで疲れ果て、憩いを見出せない、と。』」
「エレミヤよ、あなたは彼にこう言え。『主はこう言われる。見よ。わたしは自分が建てたものを自分で壊し、わたしが植えたものを自分で引き抜く。この全土をそうする。"
エレミヤ書 45章2~4節
僕らの周りにある全てのものは神様が与えてくださったものです。そしてそれは取り去られます。ヨブも与えられた子どもたちや財産すべてを失いました。その時に彼は言います。
"「私は裸で母の胎から出て来た。また裸でかしこに帰ろう。主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。」"
ヨブ記 1章21節
周りのものは全部、神様が一時的に預けてくださったものですが、やがて神様の裁きの日には消えてしまいます。だから、僕らがまず求めるべきは神様ご自身です。消えていくモノとか富とか名声は求めるな、といいます。消えるものだからです。愛するエルサレムが崩壊することを悲しんでいるバルクに神様は言われます。
"「エレミヤよ、あなたは彼にこう言え。『主はこう言われる。見よ。わたしは自分が建てたものを自分で壊し、わたしが植えたものを自分で引き抜く。この全土をそうする。
あなたは、自分のために大きなことを求めるのか。求めるな。見よ。わたしがすべての肉なる者に、わざわいを下そうとしているからだ──主のことば──。しかしわたしは、あなたが行くどこででも、あなたのいのちを戦勝品としてあなたに与える。』」"
エレミヤ書 45章4~5節
最後まで残るものは神様と一緒に生きることだけです。世の裁きの日は来ます。「すべての世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢など」(1ヨハネ2.16)は消え去ります。船が沈んでる状態なのに、この世の楽しさや成功に執着するのは愚かです。神様を愛したこと、それだけが残ります。だから受けるより与える方が幸いです。自分のためではなく、神様を愛し神様にささげましょう。それだけが残ります。ハレルヤ!
0 件のコメント:
コメントを投稿