詩篇30篇
悲しいことや苦しいことは賛美と感謝と喜びに変わるための通過点です。それは僕らが心から神様を求め、祈り、そして主からの答えを聞き、感謝し賛美するためのもののようです。苦しみはまるで賛美のイントロのよう、感謝のための燃料のように書かれています。
(1節から3節)
1,主よ私はあなたをあがめます。あなたは私を引き上げ私の敵が喜ばないようにされたからです。
2,わが神主よ私が叫び求めるとあなたは私を癒やしてくださいました。
3,主よあなたは私のたましいをよみから引き上げ私を生かしてくださいました。私が穴に下って行かないように。
神の懲らしめかな?と思うようなことには目的があって、それは神様を求めるためです。悲しみや痛みがないと、僕らは本気で求めることも少ないようです。試練の中で自分の罪に気づきもします。そしてそれを告白して悔い改めることもできます。その先には神様の赦しと愛の宣言が待っています。悲しみは賛美と感謝に向かうための通過点のようです。
(4節から6節)
4,主にある敬虔な者たちよ主をほめ歌え。主の聖なる御名に感謝せよ。
5,まことに御怒りは束の間いのちは恩寵のうちにある。夕暮れには涙が宿っても朝明けには喜びの叫びがある。
6,私は平安のうちに言った。「私は決して揺るがされない」と。
神様が遠く感じる時、それもまた神様を呼び求めるために与えられたステップです。
(7節から8節)
7,主よあなたはご恩寵のうちに私を私の山に堅く立たせてくださいました。あなたが御顔を隠されると私はおじ惑いました。
8,主よあなたを私は呼び求めます。私の主にあわれみを乞います。
神様は、僕らが嘆きを正直に告白することを待っておられ、うわべではない交わりを喜んでおられるようです。その先には悲しみの何倍もの喜びを用意してくださいます。
(10節から12節)
10,聞いてください主よ。私をあわれんでください主よ。私の助けとなってください。
11,あなたは私のために嘆きを踊りに変えてくださいました。私の粗布を解き喜びをまとわせてくださいました。
12,私のたましいがあなたをほめ歌い押し黙ることがないために。私の神主よ私はとこしえまでもあなたに感謝します。
苦しみは癒され、赦され、喜ばれるための通過点です。苦しみは主を愛し喜んで礼拝するための通過点です。昨日の悲しみは今日の喜びのためでした。今日の悲しみも明日の喜びのためです。正直に叫び、嘆き、求めましょう。今の時のいろいろの苦しみは、将来の栄光に比べれば、取るに足りないものです。(ローマ8.18)喜びの叫びは必ず用意されています。大丈夫です。嘆きましょう。求めましょう。
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