マタイ8.23-34
みなさんにとって怖いこと(人?)は何でしょうか。僕は昔お化けとか幽霊がすごく怖かったです。ところが、聖書によると悪霊の方がイエス様を怖がっていることがわかります。人間に取り付いて狂わせる悪霊ですが、イエス様が近づいただけで怖がって叫んでいます。その理由は彼らがやがてイエス様によって底知れぬ火の中に投げ込まれ、永遠に苦しめられることを知っているからです。イエス様がいるだけで平伏して「まだその時ではないのに、もう私たちを苦しめに来たのですか。」と叫びます。(29)
(28節から29節)
28,さて、イエスが向こう岸のガダラ人の地にお着きになると、悪霊につかれた人が二人、墓場から出て来てイエスを迎えた。彼らはひどく狂暴で、だれもその道を通れないほどであった。
29,すると見よ、彼らが叫んだ。「神の子よ、私たちと何の関係があるのですか。まだその時ではないのに、もう私たちを苦しめに来たのですか。」
悪霊はイエス様に懇願します。「私たちを追い出そうとされるのでしたら、豚の群れの中に送ってください」と。「底知れぬ所に行け、とはお命じになりませんように」と。(ルカ8.31)そして、彼らの必死の懇願はは聞かれ、イエス様に従います。悪霊はイエス様の支配下にあり、許可の範囲でしか活動できないことがわかります。
(30節から33節)
30,そこから離れたところに、多くの豚の群れが飼われていた。
31,悪霊どもはイエスに懇願して、「私たちを追い出そうとされるのでしたら、豚の群れの中に送ってください」と言った。
32,イエスは彼らに「行け」と言われた。それで、悪霊どもは出て行って豚に入った。すると見よ。その群れ全体が崖を下って湖になだれ込み、水におぼれて死んだ。
33,飼っていた人たちは逃げ出して町に行き、悪霊につかれていた人たちのことなどを残らず知らせた。
悪霊にとって今日も一番恐ろしい相手はイエス様です。僕らがイエス様と一緒にいる限り、悪霊は敵ではありません。しかも、イエス様は僕らにその名(権威)によって祈るようにとおっしゃいました。僕らは悪霊に対して「イエス様の名によって命令します。この人から出て行きなさい」と命じることができます。イエス様は主の祈りで「悪から(悪魔や悪霊から)お救いください」と祈るように言われました。怖がっているのは悪霊の方です。イエス様の名によって祈ると悪霊どもが出ていくことを弟子たちは体験し喜びました。イエス様の権威に勝てる霊はいません。
(ルカ10章17-19節)
17,さて、七十二人が喜んで帰って来て言った。「主よ。あなたの御名を用いると、悪霊どもでさえ私たちに服従します。」
18,イエスは彼らに言われた。「サタンが稲妻のように天から落ちるのを、わたしは見ました。
19,確かにわたしはあなたがたに、蛇やサソリを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けました。ですから、あなたがたに害を加えるものは何一つありません。
もう一つ、怖いのは自然災害です。地震も嵐も人にはコントロール不能です。ところがイエス様はそれらを全く恐れていません。大嵐で今にも転覆しそうな小さな船の中でもイエス様は安心してスヤスヤと眠っています。嵐も風も波もイエス様の許可の中でしか起こらないことだからです。
(23節から27節)
23,それからイエスが舟に乗られると、弟子たちも従った。
24,すると見よ。湖は大荒れとなり、舟は大波をかぶった。ところがイエスは眠っておられた。
25,弟子たちは近寄ってイエスを起こして、「主よ、助けてください。私たちは死んでしまいます」と言った。
26,イエスは言われた。「どうして怖がるのか、信仰の薄い者たち。」それから起き上がり、風と湖を叱りつけられた。すると、すっかり凪になった。
27,人々は驚いて言った。「風や湖までが言うことを聞くとは、いったいこの方はどういう方なのだろうか。」
イエス様は僕らに何度も「恐れるな」「心配するな」「どうして怖がるのか」とおっしゃいます。全てのことは主の御手の中だし、イエス様が一緒にいてくださるからです。病気になることも、傷つくことも、死ぬことも神様の許可の中です。たとえ殺されることがあっても、復活と永遠の命の復活が約束されています。イエス様は言われます。
(マタイ10.28)
からだを殺しても、たましいを殺せない者たちを恐れてはいけません。むしろ、たましいもからだもゲヘナで滅ぼすことができる方を恐れなさい。
イエス様こそすべての王、全ての支配者です。戦争も恐れないようにと言われます。「戦争や暴動のことを聞いても、恐れてはいけません。まず、それらのことが必ず起こりますが、終わりはすぐには来ないからです。」(ルカ21.9)
全ての出来事はイエス様の足の下です。「神はすべてのものをキリストの足の下に従わせ、キリストを、すべてのものの上に立つかしらとして教会に与えられました。」(エペソ1.22)今日も支配者であるイエス様が僕らのかしらです。愛し守ってくださることは確定済みです。人の目にどんなに恐ろしく見えても、イエス様の許可でしか出来事は起こっていません。今日もイエス様に全ての主権を明け渡しましょう。心もいのちも預けましょう。イエス様のなさることは完全です。イエス様の権威の中で安心しましょう。ハレルヤ!
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