ルカ1.57-66
神様の憐れみは尽きることがないと聖書は繰り返しています。「憐れみを好む」とおっしゃる神さまです
憐れみは、信仰が弱い人にも罪を犯した人にも注がれる見放すことがない愛のことです。僕らがどうであっても、神様の憐れみのゆえに、神様の真実さのゆえに、神様の愛のご計画は実現していきます。
ザカリヤの妻エリサベツが妊娠することを告げられた時、ザカリヤは疑いました。
"ザカリヤは御使いに言った。「私はそのようなことを、何によって知ることができるでしょうか。この私は年寄りですし、妻ももう年をとっています。」"
ルカの福音書 1章18節
それでも神様のおっしゃった通りに妻は妊娠し、約束の通りに男の子が生まれました。可能性のないものを見放さず、神様の言葉の通りにしてくれました。憐れみは、僕らに賛美と感謝を与えてくれます。そしてその喜びと祝福は、周りの人たちにも流れていきます。
"さて、月が満ちて、エリサベツは男の子を産んだ。
近所の人たちや親族は、主がエリサベツに大きなあわれみをかけてくださったことを聞いて、彼女とともに喜んだ。"
ルカの福音書 1章57~58節
夫ザカリヤは神様を疑ったことで約10ヵ月間、口が聞けなくなり、耳も聞こえなくなりました。が、むしろこの体験によって神様がおっしゃった言葉はその通りになることを確信したようです。
"見なさい。これらのことが起こる日まで、あなたは口がきけなくなり、話せなくなります。その時が来れば実現する私のことばを、あなたが信じなかったからです。」"
ルカの福音書 1章20節
話せず聞こえない期間はただ神様と心で祈るしかなく、この期間を通して、彼の神様への信頼は深まっていたように見えます。子どもが生まれたときにはみ使いが命じた通りに名前をヨハネとつけます。
親戚もご近所の人たちも、名前をお父さんの名前にちなんでザカリヤにしようと言いました。でも、この夫婦は神様に従います。
"八日目になり、人々は幼子に割礼を施すためにやって来た。彼らは幼子を父の名にちなんでザカリヤと名づけようとしたが、
母親は「いいえ、名はヨハネとしなければなりません」と言った。
彼らは彼女に「あなたの親族には、そのような名の人は一人もいません」と言った。
そして、幼子にどういう名をつけるつもりか、身振りで父親に尋ねた。
すると彼は書き板を持って来させて、「その子の名はヨハネ」と書いたので、人々はみな驚いた。"
ルカの福音書 1章59~63節
自分たちに可能性がなく弱いほどに、神様の恵みと愛と憐れみははっきりします。ザカリヤは再び話せるようになったときに、その口はただ神様の栄光を賛美する口に変えられていました。
"すると、ただちにザカリヤの口が開かれ、舌が解かれ、ものが言えるようになって神をほめたたえた。
近所に住む人たちはみな恐れを抱いた。そして、これらのことの一部始終が、ユダヤの山地全体に語り伝えられていった。"
ルカの福音書 1章64~65節
神様の憐れみは僕らに神様への恐れを与えます。聖書の「恐れ」は、ただの怖がりではなくて、「神様の臨在を感じる圧倒的な畏敬の念」です。
僕らがどうであっても、神様の憐れみと真実さはなくなりません。僕らにもザカリヤやエリサベツと同じ聖霊が与えられています。そして彼らと同じく同じく、神様の憐れみは尽きることなく注がれています。だから彼らと一緒に今日も感謝し賛美しましょう。ハレルヤ!
"これは私たちの神の深いあわれみによる。そのあわれみにより、曙の光が、いと高き所から私たちに訪れ、
暗闇と死の陰に住んでいた者たちを照らし、私たちの足を平和の道に導く。」"
ルカの福音書 1章78~79節
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