ルカ1.46-55
水は低い方に流れます。
同じように、神様の恵みや愛や祝福も低いほうに流れます。自分を高くする人はいつか乾いてしまい、自分を低くする人は、神様の愛と恵みに満たされ続けます。
マリアは素晴らしい人だったし祝福された人だけど、自覚として何もなく、ただ神様に恵んでもらっているだけの人「卑しいはしため」です。
(ルカの福音書 1章46~49節)
"マリアは言った。「私のたましいは主をあがめ、
私の霊は私の救い主である神をたたえます。
この卑しいはしために目を留めてくださったからです。ご覧ください。今から後、どの時代の人々も私を幸いな者と呼ぶでしょう。
力ある方が、私に大きなことをしてくださったからです。その御名は聖なるもの、"
自己肯定感が大事ってみんな言うし僕もそう思います。…ですが、正確に言うと、自分で自分を肯定する感じじゃなくて、神様が肯定してくれ愛し満たしてくださる感じです。自己肯定感というより「神から肯定感」です。
イエス様は心貧しい人は幸い、悲しむ人は幸い、飢え渇くものは幸い、とおっしゃいます。自己肯定感の低い人のほうがむしろ幸いです。なぜなら、自分には何もなく、神様が全て満たしてくださるからです。(マタイ5章)神肯定感の高い人は幸いです。自分だけで自分を満たそうとする人はあわれです。神様の恵みも愛を受け付けず、求めません。自分で自分の力や富を求め続け、しかも必死で守ろうとしなければなりません。その人には平安がありません。マリアは言いました。
(ルカの福音書 1章50~55節)
"主のあわれみは、代々にわたって主を恐れる者に及びます。
主はその御腕で力強いわざを行い、心の思いの高ぶる者を追い散らされました。
権力のある者を王位から引き降ろし、低い者を高く引き上げられました。
飢えた者を良いもので満ち足らせ、富む者を何も持たせずに追い返されました。
主はあわれみを忘れずに、そのしもべイスラエルを助けてくださいました。
私たちの父祖たちに語られたとおり、アブラハムとその子孫に対するあわれみをいつまでも忘れずに。」"
今日も神様が全てを与えてくださいます。神肯定感こそ大事です。水は今日も低い方に流れます。神様の恵みは今日も自分を低くする人に流れます。その恵みは尽きることがありません。ハレルヤ!
0 件のコメント:
コメントを投稿