詩篇93篇
僕らはコワいことをなるべく避けて、逃げたり隠れたりして自分を守ろうとします。
詩篇は僕らが恐れるものや力を「川の轟音」「大波のとどろき」といいます。(3、4節)敵から浴びせられる暴言は恐怖だし、死をもたらす病も、僕らを飲み込んでしまうように感じます。でも、聖書は視点を変えてくれます。恐怖がどれほど大きくても、神様はその遥か上にいて僕らを守り、全ての状況を支配する王様です。
"主こそ王です。威光をまとっておられます。主はまとっておられます。力を帯とされます。まことに世界は堅く据えられ揺るぎません。
あなたの御座はいにしえから堅く立ちあなたはとこしえからおられます。
主よ川はとどろかせています。轟音を川はとどろかせています。激しい響きを川はとどろかせています。
大水のとどろきにまさり力強い海の波にもまさって主は力に満ちておられます。いと高き所で。"
詩篇 93篇1~4節
高所恐怖症の人は下を見ない方がいいです。同じように、恐ろしい状況や言葉を見たり聞いたりして巻き込まれるより神様の大きさや強さ、そしてその確かさに目を向けるように、と聖書はいいます。
"主こそ王です。威光をまとっておられます。主はまとっておられます。力を帯とされます。まことに世界は堅く据えられ揺るぎません。"
詩篇 93篇1節
詩篇は恐ろしい状況を無視するのではなく、恐怖の轟音があるのを認めながら、でも、そのままを神様に正直に報告しています。これは僕らのお手本です。
"主よ川はとどろかせています。轟音を川はとどろかせています。激しい響きを川はとどろかせています。"
詩篇 93篇3節
神様の許可がなけれは一羽の雀も地に落ちないし、僕らの髪の毛の数も数えられています。だから、全ての状況は神様の支配の中です。圧倒される時こそ支配者である王を見上げ、神様の聖なる御言葉を聞くのが正解です。どんなに強いことばであっても神様のものでなければ虚しく消えていきます。「草はしおれ、花は散る。しかし、主のことばは、とこしえに変わることがない。」とあるからです。(1ペテロ1:25)
"あなたの証しはまことに確かです。聖なることがあなたの家にはふさわしいのです。主よいつまでも。"
詩篇 93篇5節
誰かが自分を裏切ろうとしている、とか、悪いことが起こる、とか、病気で死ぬとか、不安要素はキリがありません。が、その全ての上に支配者である神様がおられます。神様だけがすべての上におられる力です。今日も心配は付きまとうけれど、圧倒的な神様を見上げましょう。そして圧倒的で確かな、そして聖なる神様の御言葉を聞きましょう。大丈夫です。ハレルヤ!
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