2026年2月3日火曜日

民数記14.26-45

 民数記14.26-45  何をしゃべっても自由です。何を選んでも自由です。しかし、神様のみことばを聞きながらそれに反抗するのは、自分から滅びを選択しているかのようです。

イスラエル人たちは、神様が与えてくださる祝福の土地を見ながらも、「どうせ無理」「殺される」「子どもや妻はさらわれる」と悪いストーリーを信じました。まるで自分で作った宗教のようです。悪いストーリーを作る人は、それを望んでいるかのようです。神様は人をロボットのようにしません。人が決めたことを尊重します。…そしてその結果は死です。彼らは自分から滅びへの道を歩くことになります。



"彼らに言え。わたしは生きている──主のことば──。わたしは必ず、おまえたちがわたしの耳に語ったとおりに、おまえたちに行う。

この荒野におまえたちは、屍をさらす。わたしに不平を言った者で、二十歳以上の、登録され数えられた者たち全員である。

エフンネの子カレブと、ヌンの子ヨシュアのほかは、おまえたちを住まわせるとわたしが誓った地に、だれ一人入ることはできない。"

民数記 14章28~30節



神様の願いは彼らが自分で神様に従う道を選ぶことですが、人間は何を選んでも自由です。



"私は今日、あなたがたに対して天と地を証人に立てる。私は、いのちと死、祝福とのろいをあなたの前に置く。あなたはいのちを選びなさい。あなたもあなたの子孫も生き、"

申命記 30章19節



「神様なんていない」と信じる人がいます。そう信じても自由ですが、信じた通りに神様から離れ、滅びの道に落とされます。自分で望んだ通りに永遠に神様から引き離されます。神様に聞き従わないことは、自分から滅びを選ぶことです。



"しかし、おまえたちはこの荒野に屍をさらす。

おまえたちの子どもは、この荒野で四十年の間羊を飼う者となり、おまえたちがみな、屍となるまで、おまえたちの背信の責めを負わなければならない。

おまえたちが、あの地を偵察した日数は四十日であった。その一日を一年と数えて、四十年の間おまえたちは自分の咎を負わなければならない。こうして、わたしへの反抗が何であるかを思い知ることになる。

主であるこのわたしが言う。一つになってわたしに逆らったこの悪い会衆のすべてに対して、わたしは必ずこうする。この荒野で彼らは死に絶える。

また、モーセがあの地の偵察のために遣わした者で、帰って来て、その地について悪く言いふらし、全会衆にモーセに対する不平を言わせた者たちもだ。」

こうして、その地を悪く言いふらした者たちは、主の前に疫病で死んだ。"

民数記 14章32~37節



反対に、神様に聞き従うことは祝福です。どんな小さなことも神様に聞き、従いましょう。神様に従うことは喜びを、祝福を、愛を、平安、命、光をもたらします。ハレルヤ!




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