2026年5月21日木曜日

使徒1.1-8

使徒1.1-8


イエス様が「あらゆる国の人々を弟子としなさい」(マタイ28.18)とか、「全世界に出て行き、すべての造られた者に福音を宣べ伝えなさい」(マルコ16.15)とかおっしゃいます。…でもやっぱり僕らは弱くてコワくてできません。人の目は気になるし、拒絶されると傷つくし、なんて話したらいいかわからないし、そもそも口下手だし…できない理由はいくつも出てきます。


イエス様は福音を伝えるように命令しましたが、「すぐにいけ!頑張れ!」とは言いませんでした。むしろ弟子たちには「力を受けるまで出発しないでエルサレムで待ちなさい」とおっしゃっています。聖霊の「力」が必要だからです。






"使徒たちと一緒にいるとき、イエスは彼らにこう命じられた。「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。


ヨハネは水でバプテスマを授けましたが、あなたがたは間もなく、聖霊によるバプテスマを授けられるからです。」"


使徒の働き 1章4~5節






聖霊に満たされると「力」を受けます。恐れがなくなり、やる気も愛も与えられ「福音を伝えたい」と思います。話すことばも与えられます。イエス様はこのようにおっしゃいました。






"しかし、聖霊があなたがたの上に臨むとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となります。」"


使徒の働き 1章8節






聖霊が注がれると力が与えられ、福音を証言するようになります。イエス様はこの「父の約束」(聖霊が与えられること)を「待ちなさい」とおっしゃいました。(4-5)




ペテロもヨハネも怖がりで隠れていた人です。


すでにイエス様から息を吹きかけられ聖霊が与えられてはいました。(ヨハネ20章22節)でも、聖霊は大事な時には毎回特別に新しく満たしてくださり、力と大胆を与えてくださっています。クリスチャンにはすでに内側に住んでおられる御霊ですが、特別に満たされる時、力が注がれる時、というのがあるようです。


例えば、ペテロが最高議会に逮捕され尋問された時、「聖霊に満たされて」大胆に語ります。






"そのとき、ペテロは聖霊に満たされて、彼らに言った。「民の指導者たち、ならびに長老の方々。"


使徒の働き 4章8節






迫害され脅されていた教会も、祈り終えると「聖霊に満たされ」大胆に語り出します。






"彼らが祈り終えると、集まっていた場所が揺れ動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語り出した。"


使徒の働き 4章31節






聖霊の力が与えられないと、僕らは何もできません。


僕も、メッセージの時、人と会う時、学びを担当する時、毎回「僕にはできません」と祈るし「僕でなく聖霊が与えられて語らせてください」と祈ります。


語らせてくださるのは聖霊です。力を与えてくださるのは聖霊です。






"人々があなたがたを引き渡したとき、何をどう話そうかと心配しなくてもよいのです。話すことは、そのとき与えられるからです。


話すのはあなたがたではなく、あなたがたのうちにあって話される、あなたがたの父の御霊です。"


マタイの福音書 10章19~20節




今日も聖霊を求めましょう。僕らは力を受けます。


聖霊によらなければ、僕らは何もできません。


神様100パーセント、僕らは0パーセントです。


神様、聖霊で満たしてください。




0 件のコメント:

コメントを投稿