使徒の働き9.26-28
「あの人にこんなひどいことされた」
その記憶も恨みも恐れもなかなか消えません。
サウロは教会の人たちを傷つけ恐怖を与えてきた首謀者です。
彼がイエス様に出会って悔い改め、今は逆に教会を建て上げようとしているなんて、なかなか人々は受け入れられません。
それでもサウロが自分の罪を認め、変えられたのは事実です。
彼は自分のことを「教会を滅ぼし尽くそうとした最悪の元罪人」と認めて何度もそれを書いています。「私は以前には、神を冒瀆する者、迫害する者、暴力をふるう者でした。(…中略…)私はその罪人のかしらです。」(1テモテ1.13-15)
彼が変わっても、人々の記憶からはその傷が消えません。エルサレムの弟子たちは彼を恐れました。
"エルサレムに着いて、サウロは弟子たちの仲間に入ろうと試みたが、みな、彼が弟子であるとは信じず、彼を恐れていた。"
使徒の働き 9章26節
イエス様は十字架の血を流してサウロを赦して受け入れてくれました。
そして教会も葛藤しながらも彼を受け入れていきます。
受け入れるには助けも必要です。サウロは最初、弟子たちに恐れられて受け入れてもらえませんでした。
そんな時、バルナバが用いられます。彼は教会の恐れもサウロの過去も知りながら、それでもサウロが本当に悔い改めたことや変えられたことを弟子たちに丁寧に説明しました。その結果、エルサレムの教会は彼を受け入れました。簡単ではなかったはずです。
"しかし、バルナバはサウロを引き受けて、使徒たちのところに連れて行き、彼がダマスコへ行く途中で主を見た様子や、主が彼に語られたこと、また彼がダマスコでイエスの名によって大胆に語った様子を彼らに説明した。
サウロはエルサレムで使徒たちと自由に行き来し、主の御名によって大胆に語った。"
使徒の働き 9章27~28節
過去に失敗した人、教会を傷つけた人ともう一度やり直すには、バルナバのような橋渡しになってくれる人や、一緒に祈ってくれる人が必要です。神様はサウロを一人で回復させたのではありません。
バルナバは不安な教会に寄り添い、同時にサウロにも寄り添いました。
僕らの周りにもし心を閉ざして「あの人にこんなひどいことされた」だけで終わっている人がいるかもしれません。
反対に、悔い改めて変えられても理解されないままの人がいるかもしれません。僕らにはバルナバのように話をよく聞き、一緒に祈り、橋渡しをしてくれる理解者や伴走者が必要です。
まずは放置せず、関係が壊れていること、恐れていることを正直に「怖いです。」とか、「赦せません。」と神様に打ち明けることです。そして信頼でき理解してくれる仲間が与えられるように求めましょう。
僕らも赦されました。神様に敵対していたのに、今はイエス様にも教会にも受け入れられています。その恵みを数えるときに、僕らも少しずつ相手を赦し受け入れる力が与えられていきます。
イエス様が自分を受け入れてくださったように、相手を受け入れる愛と力を与えられますように。過去の姿だけで人を決めつけず、神様がしてくださった変化に目を向けていくことができますように。
教会は正しい人の集まりではありません。イエス様に赦された罪人が葛藤しながらも互いに赦し、受け入れながら歩もうとする人たちです。
サウロは教会に受け入れられました。そして僕らも受け入れられた罪人です。教会はサウロを受け入れました。だから僕ら教会も自分たちだけの居場所にせず、悔い改めて帰ってくる人を喜んで受け入れましょう。今日もイエス様の新しい視点、新しい心が与えられますように。受け入れるべき人を受け入れることができますように。話を聞くべき人の話を聞けますように。過去に失敗した人への偏見や誤解を解き、恐れを取り去るために必要なことを伝える人になりますように。
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