死んだ人は眠っている?それともすぐに神様のもとへ?
この疑問を持つ人は多いし、死んだらどうなるのか、混乱もあります。
死んだ人は眠ったまま復活を待っているのか、それともすぐに神様のもとへ行くのか、両方とも聖書が言っていることです。
両方の箇所を上げて整理してみたいと思います。
1死んだらすぐ主と共にいるように見える箇所
2死後は眠った状態で、再臨まで待つように見える箇所
3復活の体はどんな体?
●死んだらすぐ主と共にいるように見える箇所
"ですから、私たちはいつも心強いのです。ただし、肉体を住まいとしている間は、私たちは主から離れているということも知っています。…むしろ肉体を離れて、主のみもとに住むほうがよいと思っています。"
コリント人への手紙 第二 5章6~8節
"私の願いは、世を去ってキリストとともにいることです。そのほうが、はるかに望ましいのです。"
ピリピ人への手紙 1章23節
"そして言った。「イエス様。あなたが御国に入られるときには、私を思い出してください。」
イエスは彼に言われた。「まことに、あなたに言います。あなたは今日、わたしとともにパラダイスにいます。」"
ルカの福音書 23章42~43節
"からだを殺しても、たましいを殺せない人たちなどを恐れてはなりません。"
マタイ10章28節
●死後は眠った状態で、再臨まで待つように見える箇所
"ちりの大地の中に眠っている者のうち、多くの者が目を覚ます。ある者は永遠のいのちに、ある者は恥辱と、永遠の嫌悪に。"
ダニエル書 12章2節
"このことに驚いてはなりません。墓の中にいる者がみな、子の声を聞く時が来るのです。
そのとき、善を行った者はよみがえっていのちを受けるために、悪を行った者はよみがえってさばきを受けるために出て来ます。"
ヨハネの福音書 5章28~29節
"眠っている人たちについては、兄弟たち、あなたがたに知らずにいてほしくありません。あなたがたが、望みのない他の人々のように悲しまないためです。
イエスが死んで復活された、と私たちが信じているなら、神はまた同じように、イエスにあって眠った人たちを、イエスとともに連れて来られるはずです。"
テサロニケ人への手紙 第一 4章13~14節
"すなわち、号令と御使いのかしらの声と神のラッパの響きとともに、主ご自身が天から下って来られます。そしてまず、キリストにある死者がよみがえり、"
テサロニケ人への手紙 第一 4章16節
●まとめ
両者の聖書箇所をまとめると、死後にすぐ霊は主と共にあります。なので葬儀で「死んだおばあちゃんが神様のもとに召された」という通りです。
けれども、体はまだ墓にあります。キリスト教は2000年間「からだのよみがえりを信じます」と使徒信条で告白してきました。
聖書によると、体の復活はイエス様が再臨される時に起こることで、その日、僕らは新しい体に変えられることがわかります。
●復活の体はどんな体?
復活の体ってどんな体なのか?と思います。その疑問が第一コリント15章に書かれています
"しかし、「死者はどのようにしてよみがえるのか。どのようなからだで来るのか」と言う人がいるでしょう。"
コリント人への手紙 第一 15章35節
15章の続きを読んでいくと、畑を見なさい、と言う話になり、種が地面に植えられ、死んでいくように見えて、全く新しい芽が出てくるかのようだ、と例えて説明しています。
"愚かな人だ。あなたが蒔くものは、死ななければ生かされません。
また、あなたが蒔くものは、後にできるからだではなく、麦であれ、そのほかの穀物であれ、ただの種粒です。
しかし神は、みこころのままに、それにからだを与え、それぞれの種にそれ自身のからだをお与えになります。"
コリント人への手紙 第一 15章36~38節
"死者の復活もこれと同じです。朽ちるもので蒔かれ、朽ちないものによみがえらされ、
卑しいもので蒔かれ、栄光あるものによみがえらされ、弱いもので蒔かれ、力あるものによみがえらされ、
血肉のからだで蒔かれ、御霊に属するからだによみがえらされるのです。血肉のからだがあるのですから、御霊のからだもあるのです。"
コリント人への手紙 第一 15章42~44節
眠った人がお墓から復活して主をお会いする体は新しい体、完璧な体、栄光の体、御霊に属する体です。
"聞きなさい。私はあなたがたに奥義を告げましょう。私たちはみな眠るわけではありませんが、みな変えられます。
終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちに変えられます。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。"
コリント人への手紙 第一 15章51~52節
0 件のコメント:
コメントを投稿