2026年1月27日火曜日

1テサロニケ5.1-11

 1テサロニケ5.1-11


「自分は裁かれるんじゃないか」「神様に嫌われているんじゃないか」「ダメなんじゃないか」と悲しんだり心配することがあります。でも聖書は何度も「裁かれない」「神様の怒りを受けることはない」と繰り返します。



"神は、私たちが御怒りを受けるようにではなく、主イエス・キリストによる救いを得るように定めてくださったからです。"

テサロニケ人への手紙 第一 5章9節



"御子を信じる者はさばかれない。"

ヨハネの福音書 3章18節



"まことに、まことに、あなたがたに言います。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わされた方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきにあうことがなく、死からいのちに移っています。"

ヨハネの福音書 5章24節



"こういうわけで、今や、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。"

ローマ人への手紙 8章1節



確かにこの世界は滅びます。しかもそれは突然の神様の怒りと裁きです。それは救われる人と滅びる人がはっきり分かれる日です。



"主の日は、盗人が夜やって来るように来ることを、あなたがた自身よく知っているからです。

人々が「平和だ、安全だ」と言っているとき、妊婦に産みの苦しみが臨むように、突然の破滅が彼らを襲います。それを逃れることは決してできません。"

テサロニケ人への手紙 第一 5章2~3節



神様の怒りはあるし、裁きはあります。でも、イエス様を信じる人に滅びが襲うことはありません。



"しかし、兄弟たち。あなたがたは暗闇の中にいないので、その日が盗人のようにあなたがたを襲うことはありません。"

テサロニケ人への手紙 第一 5章4節



人から悪く言われてガッカリしたり、内側から「自分ってダメなのかな?」と思いが出てくることがあります。でも、僕らが頼りにするのは人の言葉でなく神様からの福音の約束です。

イエス様を信じる人は無罪です。聖書が何度もそう伝えています。これを信じるのが「信仰」です。神様に愛されています。喜ばれています。神様がそうおっしゃるからです。「愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。」(1ヨハネ4.18)

自分を守るプロテクターのように、この神様への信仰と、神様の愛を胸当てをつけましょう。



"しかし、私たちは昼の者なので、信仰と愛の胸当てを着け、救いの望みというかぶとをかぶり、身を慎んでいましょう。"

テサロニケ人への手紙 第一 5章8節



安全のためにヘルメットを被りましょう。必ず救われるという「救いの望みというかぶと」です。聖書は何度も繰り返し伝えています。僕らは裁かれないし、神様の怒りを受けることはありません。大丈夫です。ハレルヤ!

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