ヨブ8章
医師でも「誤診」することがあります。
ある医師が腰痛の人を診察して、「あなたの骨がずれていました。この治療をすれば治ります。」と計画を立てます。でも、もっと深刻な原因が隠れているのには気がつきませんでした。そして、その人はまもなく死んでしまいます。確かに「骨がずれていた」のですが、本当の病気を見つけることがその医師にはできませんでした。
ヨブの友人たちが診察して判断しているのもこれと同じです。彼らは、自分たちが知っている範囲だけでヨブを判断しました。でも、本当にヨブに何が起きているかは知りませんでした。
彼らは状況を全部理解してるわけでも、正しく判断してるわけでもありません。
それなのに、分かったつもりで「きっとこれが悪いから」と判断します。
ビルダデは神様を忘れる人は水のないパピルスのように枯れてしまうのだ、と説教します。ヨブはそのような人だ、と見なしているからです。
"パピルスは沼地がなくても育つだろうか。葦は水がなくても伸びるだろうか。
まだ若芽のときに、引き抜かれもしないのに、ほかの草に先立って枯れる。
すべて神を忘れる者の道はこのようだ。神を敬わない者の望みは消え失せる。"
ヨブ記 8章11~13節
ビルダデは神様を敬わない人が頼りにするのは、蜘蛛の巣みたいにすぐに壊れるものだ、と言います。そのように、ヨブが頼りにするものはもろいものだ、と言いたげです。
"その人の確信は、か細いクモの糸、その信頼はクモの巣だ。
自分の家に寄りかかると、家はそれに耐えきれない。これにすがりついても、それは持ちこたえない。"
ヨブ記 8章14~15節
ビルダデは神様を敬わない者は一時的にはびこる植物のようだ、と言います。ヨブは以前は財産にも家族にも恵まれた人でした。でも、今は何もかも失ってしまいました。それはヨブが神様を敬わないからだ、と言います。
"神を敬わない者は日に当たって青々と茂り、その若枝は庭に生え出る。
その根は石塚に絡まり、石造りの家に生え広がる。
しかし、彼がその場所から取り除かれるなら、その場所は、彼を見たことがない、とうそぶく。"
ヨブ記 8章16~18節
ビルダデが言っていることは、一般論としては正しい部分があります。
でも実際は「ヨブが神様を敬わないから苦しんでいる」のではありません。なぜなら「彼のように、誠実で直ぐな心を持ち、神を恐れて悪から遠ざかっている者は、地上には一人もいない。」と神様ご自身が言っています。(1.8、2.3)それなのに、ヨブに問題があると決めつけました。これはまさに「誤診」です。
僕らも苦しむ人たちと関わる時、同じように失敗します。相手のことを知らないままで、自分勝手に決めつけた判断をしてしまうことがあります。
僕らは全能者ではありません。目の前の人がなぜ苦しんでいるのか、全部を理解をできるわけではありません。
聖書は「自分は何かを知っていると思う人がいたら、その人は、知るべきほどのことをまだ知らないのです。」と言います。(1コリント8.2)また、「自分を知恵のある者と考えるな。」とも言います。(箴言3.7)
「教師は、格別きびしいさばきを受けるのです。」とも書かれています。(ヤコブ3.1)
今日も自分は神ではないし、何でも知ってるわけではないと認めましょう。「隠されていることは、私たちの神、主のもの」です。(申命記29.29)
聖書を知っているからと言って何でもわかったつもりになるのは傲慢です。聖書に書かれた神様の真理を知っていくことと、自分の理解が正しいと思うことは違います。
僕らが人と関わるときに、自分にはわからないことがある、といつも認めながら、祈りながら寄り添うことができますように。
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