この世でどんな苦しみがあっても元気をなくしたり疲れ果ててしまわないように、今日の箇所は3種類の励ましがあります。
①この世の先に栄光と祝福があることの証言があります。②イエス様が迫害を忍耐されて栄光を持ったことはお手本です。③この世の苦しみはイエス様に習うための訓練です。
①この世の先に栄光と祝福があることの証言があります。
旧約聖書は1500ページくらいあり、神様に従った人の祝福の実例がたくさん書かれています。そしてその要約がヘブル11章です。約3ページに凝縮されて神様の約束の実現が証言されています。「証人」とは「確かにその通りです。見ました。」と証言する人たちです。先に地上の人生を終えた多くの先輩たちがその証人として僕らを取り巻いています。イエス様を信じる人には永遠の祝福と栄光が与えられることは本当です。だから天国でいらない活動とか心配とかプライドとか余計なモノは捨てるようにと勧めます。
(1節)
こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、一切の重荷とまとわりつく罪を捨てて、自分の前に置かれている競走を、忍耐をもって走り続けようではありませんか。
②イエス様が迫害を忍耐されて栄光を持ったことはお手本です。
イエス様はお手本を示して下さいました。
(2-3節)
信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい。この方は、ご自分の前に置かれた喜びのために、辱めをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されたのです。あなたがたは、罪人たちの、ご自分に対するこのような反抗を耐え忍ばれた方のことを考えなさい。あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないようにするためです。
イエス様を見ていると僕らは疲れ果てることがありません。イエス様は辱められ、痛みと苦しみを忍耐されました。それはその先に「喜び」があるからです。罪人を愛し十字架で殺されながら「父よ彼らをお赦し下さい」と祈り続けて下さいました。悪に対して善で返されたことはお手本です。イエス様はお手本です。
③この世の苦しみはイエス様に習うための訓練です。
イエス様は僕らを訓練して下さいます。この訓練の目的は僕らがイエス様に自分を明け渡し、イエス様のものとなっていき、悪に対して善で返す練習です。このことを「聖さにあずかる」と言います。神様は僕らが敵を愛し赦す練習のためにちょうど良い苦しみを与えて下さいます。
(5-7節)
「わが子よ、主の訓練を軽んじてはならない。主に叱られて気落ちしてはならない。主はその愛する者を訓練し、受け入れるすべての子に、むちを加えられるのだから。」訓練として耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておられるのです。父が訓練しない子がいるでしょうか。
(10-12節)
霊の父は私たちの益のために、私たちをご自分の聖さにあずからせようとして訓練されるのです。すべての訓練は、そのときは喜ばしいものではなく、かえって苦しく思われるものですが、後になると、これによって鍛えられた人々に、義という平安の実を結ばせます。ですから、弱った手と衰えた膝をまっすぐにしなさい。
神様は僕らががっかりしすぎないように、今日も励まし続けてくださっています。苦しみを忍耐し、敵を赦し、愛することは天の宝です。イエス様は言われます。「わたしのために、ののしられたり、迫害されたり、また、ありもしないことで悪口雑言を言われたりするとき、あなたがたは幸いです。喜びなさい。喜びおどりなさい。天においてあなたがたの報いは大きいのだから。」(マタイ5.11)天の報いと義と平安が与えられることは確実です。
今日も試練があります。希望を持って忍耐し悪に善で返すトレーニングです。天では喜ばれています。大丈夫です!
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