子どもの時集めたシールや雑誌が大人になったらゴミに見えたり、あんなに楽しかった趣味が全く無価値になったりすることがあります。同じように、この世で大事だと思ったり楽しいと思ってることが終わりの日にはゴミになり、全てが「焼き尽くされる」と聖書はハッキリ言います。(2ペテロ3.10など)でも、信じる人はそのような時が来ても、想像を超えた祝福と喜びに満ちた天に入れられます。
(22-24節)
しかし、あなたがたが近づいているのは、シオンの山、生ける神の都である天上のエルサレム、無数の御使いたちの喜びの集い、
天に登録されている長子たち(今まで信じた全ての人たち全員)の教会、すべての人のさばき主である神、完全な者とされた義人たち(イエス様に似た姿に変えられた人たち)の霊、さらに、新しい契約の仲介者イエス(受け入れてくださる契約を与えてくださったイエス様)、それに、アベルの血よりもすぐれたことを語る、注ぎかけられたイエスの血です。(罪の完全な赦しを語ってくださるイエス様)
神様はこの天地を完全に滅ぼし焼き尽くされる中で救われるのだから、今から感謝と恐れをもって礼拝をしよう、と聖書は勧めます。この話は信じる人には喜びです。そして、信じない人には警告です。
(26-29節)
今は、こう約束しておられます。「もう一度、わたしは、地だけではなく天も揺り動かす。」
この「もう一度」ということばは、揺り動かされないものが残るために、揺り動かされるもの、すなわち造られたものが取り除かれることを示しています。このように揺り動かされない御国を受けるのですから、私たちは感謝しようではありませんか。感謝しつつ、敬虔と恐れをもって、神に喜ばれる礼拝をささげようではありませんか。私たちの神は焼き尽くす火なのです。
信じないで後で後悔した人の話がに書かれています。神様のことばは必ず実現するので、後で気づいた時にはもう遅い、という実例です。
エサウという人は神様が長男に与えてくださる祝福の約束を軽蔑し、そんな未来の約束より今の食欲、性欲を満たすことを優先しました。後で後悔して泣いてお願いしてもチャンスが残っていなかったことが書かれています。
(16-17節)
また、だれも、一杯の食物と引き替えに自分の長子の権利を売ったエサウのように、淫らな者、俗悪な者にならないようにしなさい。
あなたがたが知っているとおり、彼は後になって祝福を受け継ぎたいと思ったのですが、退けられました。涙を流して求めても、彼には悔い改めの機会が残っていませんでした。
地上でさえ神様を無視した人が後悔しているなら、天からの神様の約束を無視し、警告を無視する人は必ず処罰を受け焼き尽くされます。
(25節)
あなたがたは、語っておられる方を拒まないように気をつけなさい。地上において、警告を与える方を拒んだ彼らが処罰を免れなかったとすれば、まして、天から警告を与える方に私たちが背を向けるなら、なおのこと処罰を免れられません。
神様は僕らが一人も滅びないで、この話を知って救われることを願っておられます。(1テモテ2.4)
消えていくもののために働くのではなく、いつまでも残るもののために働きなさい、と神様は言われます。この世の名誉も快楽もお金も良いものです。でも、そこに神様への感謝と神様への愛がなければただのゴミになります。僕らが価値のあることを選択して歩めますように。
(ヨハネ6:27)
なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物のために働きなさい。
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