2023年1月25日水曜日

イザヤ50章

 暗闇の中、絶望の中にいる人はイエス様のことばを聞きなさい、と聖書は言います。イエス様のことばを聞くことは、闇の中で光を持つようです。イエス様のことばは人を癒し、励ます力のあることばです


(10節)

あなたがたのうちで主を恐れ、主のしもべ(イエス様)の声に聞き従うのはだれか。闇の中を歩くのに光を持たない人は、主の御名に信頼し、自分の神に拠り頼め。



イエス様のことばは疲れた人を励まし、命を与えます。そのことばは神様から与えられたことばです。(ヨハネ7.16)イエス様は神様のみ子であり、神様ご自身ですそのイエス様は毎朝暗いうちに起きて、誰もいない所に出て行き、父である神様のことばを頂いていました。この箇所に出てくる「私」とはイエス様のことです


(4節)

神である主は、私に弟子の舌を与え、疲れた者をことばで励ますことを教え、朝ごとに私を呼び覚まし、私の耳を呼び覚まして、私が弟子として聞くようにされる。


疲れた者を励ますことばとは、たとえ世界中の人が「お前が悪い」と言っても、「あなたの罪は赦された、神様はあなたを責めない」と宣言してくださることばですこのことばは疲れた人に力を与え、癒し、立ち上がらせます。このことばは僕らも毎朝聞く必要があります。また、僕らも絶望している多くの人たちに伝える役目があります。


(8-9節)

私を義とする方が近くにいてくださる。だれが私と争うのか。さあ、ともに立とう。だれが私をさばく者となるのか。私のところに出て来るがよい。見よ。神である主が私を助けてくださる。だれが私を不義に定めるのか。


「福音」は「あなたは侮辱されない、あなたは無罪になった、神様はあなたを裁かない」という約束ですこの福音こそが人を生かし励ますことばです疲れた人に必要なのは愛と赦しの福音です

イエス様ご自身も神様から助けがあることを確信していました。なので人から侮辱され、ツバをかけられ、鞭で打たれることから逃げず、それを受けました。神様の助けと勝利を信頼していたからです


(5-7節)

私は逆らわず、うしろに退きもせず、

打つ者に背中を任せ、ひげを抜く者に頬を任せ、侮辱されても、唾をかけられても、顔を隠さなかった。

しかし、神である主は私を助けてくださる。それゆえ、私は侮辱されることがない。それゆえ、私は顔を火打石のようにして(決心して与えられた任務をやり遂げること)自分が恥を見ないことを知っている。


他人が僕らを罵っても、神様は僕らを守ってくださるし、僕らは恥を見ることなく、神様に裁かれません。忍耐とは、この希望のことばを聞き続けることです福音を聞く人は希望を持ちます。反対に、自分の力だけで乗り越えられると思う人は「燃えさしを持つ人」だと言います。間もなく消えていく光だし、その人は結苦しみの中で倒れてしまう、という意味です


(11節)

見よ。あなたがたはみな、火をともし、燃えさしを身に帯びている。あなたがたは自分たちの火の明かりを持ち、火をつけた燃えさしを持って歩くがよい。このことは、わたしの手によってあなたがたに起こり、あなたがたは苦悶の場所で伏し倒れる。


絶望の中にいる人はイエス様のことばを聞きなさい、と聖書は言います。みんなが自分を責めても、自分で自分を責めても神様は「あなたの罪は赦された、神様はあなたを責めない」と宣言してくださっています。神様は疲れた人を励まし、癒し、立ち上がらせます。僕らも聞く必要があります。そして絶望している多くの人たちに伝える役目があります。

聞く人は生きます。聞く人は力を得ます。今日も僕らが命のことばを聞き、思い巡らし、励まされる日でありますように!

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