イエス様を信じた人もう赦されています。そして、僕らはだんだんとイエス様に似るように変えられ続けます。そして将来、栄光の姿に変えられます。今「見捨てられてる」「荒れ果てている」と思っても、イエス様を信じる人は必ず回復します。また、そのためにイエス様は今日も僕らのために天で祈っていてくださいます。(ローマ8.34)イエス様にとって信じた人たち(教会)はどんなことがあっても命がけで愛し抜くに値する素晴らしい花嫁です。(エペソ5.22-32)今、僕らの状況や行いが荒れ果てたように悪くても、イエス様にとっては命がけで愛する花嫁であり、見捨てずに続け導き続けてくださる大事な存在です。神様は僕らを喜び、僕らもイエス様を喜びます。僕らはイエス様にとっての宝です。
イザヤの時代のエルサレムの人たちも同じでした。彼らが最悪だったとしても、彼らは見捨てられることはなく、忘れられることはありません。
神様はエルサレムが栄光を回復するまで黙っていないとおっしゃいます。必ず若いカップルが互いを喜び合うように、神様とエルサレムの人々は愛し合い、喜び合う関係になり、やがてエルサレムは神様にとっての誇りとなります。そうなるまで、神様は「黙っていない」とおっしゃいます。
(1-5節)
シオンのために、わたしは黙っていない。エルサレムのために沈黙はしない。その義が明るく光を放ち、その救いが、たいまつのように燃えるまでは。そのとき、国々はあなたの義を、すべての王があなたの栄光を見る。そのとき、あなたは新しい名で呼ばれる。主の御口が名づける名で。あなたは主の手にある輝かしい冠となり、あなたの神の手のひらにある王のかぶり物となる。
あなたはもう、「見捨てられた」と言われず、あなたの土地は「荒れ果てている」とは言われない。かえって、あなたは「わたしの喜びは彼女にある」と呼ばれ、あなたの国は「夫のある国」と呼ばれる。それは、主の喜びがあなたにあり、あなたの国が夫を得るからである。
若い男が若い女の夫となるように、あなたの息子たちはあなたの夫となる。花婿が花嫁を喜ぶように、あなたの神はあなたを喜ぶ。
エルサレムの人たちの回復と栄光は決定事項です。そして僕らクリスチャンが神様の前で完璧な姿になり栄光を持つようになるのも決定事項です。聖書がそれを約束しています。そして、そうなるまで神様は諦めません。また、あなた方もそれが実現するまで神様を呼び続けなさい、と聖書は言います。
(6-7節)
「エルサレムよ、わたしはあなたの城壁の上に見張り番を置いた。終日終夜、彼らは、一時も黙っていてはならない。思い起こしていただこうと主に求める者たちよ、休んではならない。主を休ませてはならない。主がエルサレムを堅く立て、この地の誉れとするまで。」
もし僕らが「見捨てられた」「荒れ果てている」と思ったら大間違いです。
次のカッコの中に自分の名前を入れて読んでください。神様はそのように思ってくださっています。
(3-5節)
( 名前 )は主の手にある輝かしい冠となり、あなたの神の手のひらにある王のかぶり物となる。
( 名前 )はもう、「見捨てられた」と言われず、( 名前 )の土地は「荒れ果てている」とは言われない。かえって、( 名前 )は「わたしの喜びは( 名前 )にある」と呼ばれ、( 名前 )の国は「夫のある国」と呼ばれる。それは、主の喜びが( 名前 )にあり、( 名前 )の国が夫を得るからである。
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